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サンドバックー亮太さんの場合ー

亮太さん30歳は大阪で一人暮らしをしている。平日は深夜遅くに帰ってきて、休日は有料の心理学講座に通っており、それ以外の時間の多くは家で過ごす日々を送っている。

中学卒業まで実家で暮らしており、実父、義母、姉、妹の5人で住んでいた。実母は亮太さんが4歳の頃に家を出て行った。6歳の頃、父が再婚し義母も家で暮らすようになった。

この男が家庭内暴力を振るう人間で、最低な人間だと3歳になる頃には分かるようになっていた。母、姉、自分、誰に対しても暴力を振るったが、取り分け一番酷かったのが母に対して、次が自分だった。

当時は職に就いていたので、父の帰宅前までは平和だったが、帰宅する時間が近づくと家の中は緊張感が高まった。気に食わないことがあると殴る・蹴るは日常で、これに加えて

母は作った料理や汁を頭の上から掛けられたり、風呂に連れていかれてシャワーをかけられたりしていた。姉は泣くだけだったが、自分は母を守ろうとして、男に投げ飛ばされれて幼い頃の自分は部屋の隅の柱にまで激突していた。

4歳になった頃、母が出かける支度をしていたのに気づいた。大きなリュックを持っていて、とても焦っている母の顔を見たので、自分も急いで出かける支度をし「お母さん!僕も行く!」と呼び止めた。しかし「しっ。静かにして。」と制止され、怯えたような顔で「お前はここにいて。」とだけ言い、静かに玄関から出て行った。姉はテレビを見ていて、1歳になる妹は眠っていた。

それから毎晩母が帰ってくるのを待ち、毎朝母が帰ってきていないか家中を確認した。

母が出ていき、家がどんどん汚くなっていった。あの男の暴力は増々酷くなっていった。

酒の量も以前より増し、物干し竿、分厚い本の角、木刀などで体中ボコボコになるまで殴られた。頭でも容赦されることはなく、頭を触ると今でもいびつな凸凹がある。殴られた後、風呂に閉じ込められるのが常で、気を失って倒れて1,2日経って目を覚ますようなことも珍しくなかった。

6歳の頃、再婚相手も一緒に住む様になった。最初は高くて甘ったるい声を出して近づいてきたが、数日後には舌打ちして「愛想がなくて可愛くない!」「母親に似た気持ち悪い目つき」と低い声で言われ始めた。義母との折合いはすぐに悪くなり、態度が悪いと女は男に告げ口をして、夜ボコボコにされた。その告げ口に姉も時折混じっていて、姉と女は比較的うまくやっていたと思う。妹は幼いなりに最も大人達に気を遣っていたし、自分がボコボコにされたあと、そばにきてくれた。

ある日、大人が家にいない時姉から

「ゴミはゴミ袋に入ってよ!」などと言われて口論になった。数時間して2人が戻ると「亮太がお母さんに会いたいって言って騒いだ」と姉が嘘を吐いた。反論したが、女が「嘘をつくのはいつも亮太の方」と言い、またボコボコにされた。妹は声を殺して泣くのを我慢していた。もう痛いとも思わなかった。

中学卒業で家を出るときめていたが、妹が心配だったので家から比較的近い工場で働いた。

妹は学校帰り、ギリギリまで家に来て、4畳もない狭い部屋で2人過ごし、掃除や夕飯などの家事を手伝ってくれた。

妹が中学を卒業する歳になり、2人で引っ越した。もう実家からは随分と離れ、あの男がいつ襲いかかってくるかという緊張も幾分やわらいだはずだったが、妹は寝言で酷くうなされており、妹によれば自分もまた寝言で叫んだりしているようだった。

いつからか、妹の帰宅時間が明らかに遅くなってきていることに気づき、問い詰めると夜の仕事についたようだった。やめるように言ったが、強い口論になった。居心地が悪いまま数日が経ち、ある日の帰宅後、妹の荷物がなくなり、家を出たことが分かった。幼い頃、母が家を出たあの日が鮮明に頭の中を流れ、息ができなかった。その日をきっかけに毎日突然に昔の記憶の断片が、まるで映像のように目の前に流れる地獄が始まったのだった。

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