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全てを決める母ー早紀さんの場合ー

この春新社会人になる早紀さんは実家で母と二人暮らしをしている。父は幼い頃は一緒に暮らしていたそうだが、出張や残業で顔を合わせないことが多く、中学の頃には海外転勤となりこの6年間に至っては殆ど会っていない。兄妹もおらず、小学校に上がるまでは母親以外の人と話すことが殆どなかった。

そして、今日遊ぶおもちゃ、着る服、好きな色や食べ物、付き合う友達、習い事、通う学校。日常生活の些細なことから人生の分岐点、そのほとんど全てを、母親が決めてきていた。

「早紀ちゃん、人形遊びなんてしてないでお絵描きしましょう。」

「早紀ちゃん、今日はその色の服じゃなくて、こっちの白い方がいいと思うわ。」

「今日からピアノを習うことになったのよ。」

「バレエを習うことになったから、来週からはピアノには行かなくていいわ。」

母の視界の中で何かをしようとすると多くに訂正が入ったり、前触れもなく新たなことを提案されたりした。

「お母さん、でも私は…」とか「え…?急に言われても…」と咄嗟に言葉が出ると、母の眉が吊り上がりギロリとした目で「一人じゃ何もできないくせにお母さんに意見するの?」と何時間も怒鳴られることがあった。友達との約束時間が迫っているときでも容赦なく続いたが、それを指摘すると更に時間が長くなるので我慢した。

嵐のような怒号が終息すると、コロリと元に戻り「お母さんに任せておけば間違いないのよ。早紀ちゃんの為なの。」と微笑んだ。どんな些細な事でも母の言う事には「それいいね」と素直に従うようになった。

中学受験をして母の望む中学を受験した。折々の模試で結果が悪いと「落ちたら、ショックでお母さん死んじゃうからね!」と泣きながら訴えられたのが本当に苦しく、「ごめんなさい」と一緒に泣いて、何て親不孝だろうと思った。

無事合格し、母がご近所さんや親戚に自慢して回っていたのは恥ずかしかったが少し嬉しかった。

その夏の町内会のお祭りでおじさんたちが「しかし早紀ちゃん、S中合格だもんな。大したもんだ。」と改めてほめてくれた。母はすかさず満面の笑みで、「いやだわ、本当に勉強しか取り柄のない子ですからねぇ!でもこの子のお受験には私も本当に苦労したんですよ~!」と話し始めた。大勢の前で自分の不甲斐なさを饒舌に語られて消えてしまいたくなったが、その場にいた皆が、娘を難関学校に合格させた母親として慰労した。場の主役となった母だったが、しかし近所のおばさんが遮った。

「まぁ、でも親がどうであれ、早紀ちゃんが頑張ったってことやろ。親が必死に頑張っても落ちる子は落ちる。すごいな~早紀ちゃん、町内で一番賢いんとちゃう?」そう言うと「まあ確かにな」と今度は周りの人たちも口々に賞賛の対象を母から私に移した。

私は母の顔がみるみるうちに変わっていくのを感じ、恐怖だった。

褒められているのに、全く言葉が入ってこず、心の中で「お願い、もうやめて!お願いだから…」と叫んでいた。その後は終始母の機嫌が悪く、帰宅後に爆発した。「みんなに褒められて、さぞご満悦ね~!これまでお母さんがどれ程あなたを陰で支えていたか知りもしないで!」と投げたコップが窓にあたり両方割れた。数日間、母から無視をされた。いつも色々言われるのが息苦しかったはずなのに、今後は何も言われなくなり、見捨てられる気がしてひどい不安に襲われた。5日目に突然無視が終わり、またいつも通り指図される日々に戻った。

大学で初めて仲の良い男友達ができた。度々飲みに誘われたが、門限が18時だったので行けなかった。その後告白をされ、母の顔が頭をよぎったが断る術がなく、承諾した。母は頻繁に私の手帳や携帯をチェックしていたので、彼氏ができたことはすぐにばれた。

「お母さんに隠れて男を作るなんていやらしい子ね!本当に嫌だわ!」と軽蔑の目を向けられ、「ごめんなさい、付き合おうと言われ、断れなかったの」と必死に謝った。「一人に言われたからって貴方に女としての魅力があるなんて思わない事ね!お母さんが若い時は」と多くの男性に言い寄られたことを話し始めた。手帳を破られそうになった時に、彼とのカフェの約束に母が気づいた。

この約束に、自分も同行すると言い出した。断れなかったので、彼に承諾を得て、3人で会うことになった。会うまでは「貴方なんか選ぶなんて下らない男ね」と散々な言い様だったが、その日の母の洋服はまるで自分のデートのような綺麗なワンピースと化粧をし、彼と会うとコロリと態度を変えて、美しく優しい母となった。

彼の生い立ちを色々と聞き出し、気に入ったのか、「素敵な方じゃない」と誉めだした。彼も「早紀さんがお綺麗なのはお母様譲りだったのですね」と2人で楽しそうに話を弾ませていた。お酒が入り始めると「この子っては小さい頃はなかなかおむつが取れなくてね~!」と恥ずかしい過去を次々に暴露し始めたので、必死に酔った二人を連れて店を出た。

母はそれから彼を家に呼ぶようにしきりに勧めてきて、彼を招く日はデパート総菜を購入し、母が作ったことにしていた。彼は気づかずに絶賛していた。「早紀ちゃんが心配で最初は悪いこと言ってしまったけど、会ってみれば貴方にはもったいない位の人ね。それにしても、気づいた?彼、貴方じゃなくてお母さんばかり見つめていたのよ?」と私に自慢をしていた。彼も母をよく褒めていたが、社交辞令だと思って気にしないようにしていた。しかし知らないところで連絡先を交換していたことを母から知らされ疑心暗鬼となり、彼と些細なことで喧嘩することが増え、別れた。

「あら、別れちゃったの~?男って本当に勝手よね。お母さんだけは絶対に早紀ちゃんを見捨てないからね」と励ましてきたが、心なしか嬉しそうだった。

早紀さんは今年から新社会人になる。勤め先はもちろん母の指定した会社の中で内定をもらった所だ。誰もが知っているような知名度の高い会社で、転勤もなく、家から通える。

入社式の前日、式は母も出たいと言い出したので、急いで会社に確認して「入社式は本人しか出席できないので、会社の前までにしてほしい」との会社からの伝言を伝えた。渋々了承したが、結局車から降りてきてエントランスまで入ってきてしまい、同期に挨拶をしていた。会社の人からは「付いてきたのはビックリだけど、お母さん綺麗だね~」とからかわれた。とても恥ずかしかったが、母はランランとしていた。

初任給が入ると母から「お母さんが預かるわね」と言われ、何の疑いもなく封筒を母に渡した早紀さんだった。

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