「普通になれない私」裕子さんの場合①|自分を責め続けた虐待サバイバーの告白

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都内の1LDK、飾り気のない静かな部屋で、裕子さん(仮名・38歳)は暮らしている。窓から差し込む午後の日差しが、埃ひとつないフローリングを照らす。

8年前に離婚した元夫との生活は、端から見れば「幸せな結婚」そのものだったはずだ。優良企業に勤める穏やかな夫、安定した生活、将来を約束された安寧。しかし、その美しい箱庭のような生活は、ある一つの決定的な「欠落」によって、音を立てて崩れ去った。

それは、「子供」という存在に対する、裕子さんの決定的な拒絶反応だった。

目次

第1章 得体の知れない「異物」

「子供は可愛い」。それはこの世の真理であり、疑う余地のない「光」だとされている。CMでも、ドラマでも、SNSでも、子供の笑顔は「無垢」と「幸福」の象徴として消費される。けれど、裕子さんにとってのそれは、光どころか、直視すれば目が潰れるような、あるいは肌が粟立つような「得体の知れない光」だった。

休日、街中でベビーカーとすれ違うたび、フードコートで走り回る子供を見るたび、裕子さんの胸には温かい感情ではなく、目を背けたくなるような嫄悪感が湧き上がった。予測不能な甲高い声、遠慮のない要求、埢れ流される感情。それらすべてが、生理的に受け付けない。

「可愛い」と思えない自分はおかしいのだろうか。人間として何かが欠落している。製造過程で「母性」という基本パーツを組み込み忘れた、出荷されるべきではなかった不良品なのだろうか。

「子供たちの笑い声を聞くと、こっちまで笑顔になっちゃう。裕ちゃんも早く作った方がいいよ」。職場の同僚がランチタイムにそう言った時、裕子さんは口元の筋肉を器用に動かして、曖昧に微笑んで同意したふりをした。内心では、冷や汗が流れていた。彼女たちが語る「幸せ」の周波数が、自分には受信できない。まるで自分だけが違うOSで動いているようだ。

第2章 破られた「契約」

結婚する前、裕子さんは夫となる男性と、ある「契約」にも似た約束を交わしていた。「私は子供を作るつもりはない。仕事も続けたいし、二人で静かに暮らしたい」。

当時、2歳年上の夫は、裕子さんのその条件を「分かった。君がいればそれでいいよ」と受け入れたはずだった。その言葉があったからこそ、結婚を決意したのだ。この人となら、「普通の女性」を演じなくても生きていけるかもしれない。私の「欠落」を埋め合わせるのではなく、欠落したままで隣にいてくれるかもしれない。そんな淡い、しかし切実な期待を抱いて。

しかし、結婚して3年が経ち、裕子さんが27歳になった頃、その期待は裏切られた。「そろそろ、僕たちの子供について考えないか?」。夕食後のリビングで、夫は何気ない風を装ってそう切り出した。テレビのバラエティ番組の笑い声が、やけに遠くに聞こえた。裕子さんの背筋が凍りついた。

「…約束が違うじゃない。子供は作らないって…」。震える声で反論する裕子さんに、夫は悪びれもせず、困ったような笑顔を向けた。

「あれは、まだ若かったからだよ。裕子も年齢的にそろそろだし、僕の同期もみんなパパになってる。それに、君も産んでみれば変わるよ。自分の子は絶対に可愛いって」

夫の言葉は、悪気のない暴力だった。「産めば変わる」「絶対に可愛い」。その根拠のない楽観論が、裕子さんには何よりも恐ろしかった。もし産んでみて、それでも可愛いと思えなかったら?この嫄悪感が消えなかったら?その時、その命に対して誰が責任を取るのか。

ああ、この人は私の言葉を「ただの若気の至り」だと思っていたんだ。私が必死の思いで告白した「子供が怖い」という感覚を、一時的なわがままだと処理していたんだ。夫には見えていなかったのだ。裕子さんが抱える闇の深さが。

第3章 「寄生」

夫からのプレッシャーは日に日に増していった。直接的な言葉だけでなく、休日にショッピングモールへ行けば「あの子、可愛いね」と目で合図をし、実家に行けば義母からの「孫はまだか」という無言の圧力を防ごうともしなかった。

裕子さんは、毎晚ベッドの中で、隣で寝息を立てる夫の背中を見つめながら自問自答を繰り返した。世間一般では、「愛する人の子供を産みたい」と思うのが自然な感情らしい。だとすれば、私は夫を愛していないのだろうか。

正直なところ、裕子さんには「愛」というものがよく分からなかった。夫のことは嫌いではない。一緒にいて安心するし、感謝もしている。けれど、それが「愛」なのかと問われれば、首を傾げざるを得ない。夫を選んだのは、彼が穏やかで、声を荒げたりせず、生活を安定させてくれる「安全な人」だったからだ。そこに情熱的な何かがあったわけではない。ただ、「ここなら攻撃されない」「ここなら飢えない」というシェルターとしての機能を彼に求めていただけではないか。

私は、夫を愛しているから結婚したんじゃない。一人で生きていくのが怖かったから、寄生先として彼を選んだだけなのかもしれない。そんな冷徹な自己分析に行き着くと、裕子さんは激しい罪悪感に襲われた。子供を望む「普通の幸せ」を夢見る夫。その夢を、私の「欠陥」が食い潰している。

第4章 「普通」という凶器

「ごめんなさい。でも、無理なの。私の中に、母親になれる要素が一ミリもないの」。ある夜、泣きながら訴える裕子さんに、夫は困惑し、やがて苛立ちを見せるようになった。

「どうして? 普通は欲しいと思うだろ? 周りを見てみろよ。君の考えすぎだよ」

「普通」という言葉が、鋭利な刃物となって裕子さんの心を切り刻む。普通。普通。普通。その言葉は、裕子さんが幼い頃からずっと、喉元に突きつけられてきた刃だった。「普通の家族」を演じること。「普通の娘」でいること。それを強要され続け、演じきれずに傷ついてきた過去が、裕子さんにはある。

結局、その溝は埋まることはなかった。夫が望む「温かい家庭」の像と、裕子さんが望む「静寂と安全」は、決定的に相容れなかったのだ。

離婚届に判を押した時、裕子さんは悲しみよりも、深い安堵のため息をついた。これでやっと、期待に応えなくて済む。「普通」のふりをして、何かが欠落した自分を隠し続ける苦痛から解放される。

第5章 呪い

なぜ、私はここまで子供を拒絶してしまうのか。なぜ、愛する人との未来を素直に描けないのか。

裕子さんには、封印したい自身の「子供時代」があった。彼女が子供を「異物」と感じるのは、彼女自身がかつて、母親にとっての「便利な道具」でしかなかった記憶が、呪いのように刻まれているからだ。

あるカウンセラーは「幼いころに『自分は道具だ』と学んだ子どもは、愛情による関わりを見たことがないのではなく、それが何であるかをそもそも知らない」と語ります。道具として扱われ続けた体験は、10歳になる頃には「これが関係というものだ」という生き方のテンプレートとして定着します。裕子さんが我が子を「異物」と感じるのは、愛することを拒んでいるのではなく、愛情という関わり方のモデルが体の中に存在しないからです。この「知らないこと」は、意志でも性格でも補えない——そこに気づくことが、回復の入り口になります。

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