普通の親はなぜ子供に虐待をしないのか?

こんな質問を現役ママさんにしたら、「我が子なんだから、当たり前でしょう!」と怒らせてしまうかもしれませんね。

ですが、この問いは児童虐待を理解するうえで大変重要な命題になります。

ムッとしながら、「子供が可哀そうだからに決まっているでしょう!」

「子供の成長に酷い悪影響を与えるから、でしょう!」など答えてくれるかもしれません。

それらは答えの一つとして、もちろん正解です。

しかし根底の理由ではありません。

普通の家庭では虐待が起こらない根底にある理由。

それは我が子を虐待すると「自分が痛いから」です。

滑稽な質問をします。自分の腕にタバコの火を押し付けないのはなぜでしょう?

痛い(熱い)からですよね。

普通、人は自分を痛めつけるようなことはしません。そしてそれは単に身体の痛みだけではありません。

我が子の腕にタバコの火を押し付けると、その時の我が子の悲痛な表情と叫び声を介して親自身が痛いのです。

親の腕が痛い訳ではないのに、不思議なことに、子の痛がる姿が親の心を強く締め付け、我が事のように親を痛くするのです。

その痛みは、子の腕の火傷が完治したとしても、罪悪感としてふいに親を苦しめ、簡単には消えないでしょう。

時に子育てではよくあることですが、子どもに心底腹が立って頬を引っ叩いてしまうことはあっても、それは継続するような日常にはなりません。

親が後で冷静になれば「引っ叩いたのはやりすぎたかな。ほっぺた痛かっただろうな」と親の心は痛むのです。

そうです。普通の親にとって、子供に虐待することは、自分の心を痛め付ける行為に等しいのです。この痛みの存在は、普通の親であれば無意識的に知っています。

親であれば誰もが「子供を叩いてしまった、叩きたいと思ったことがある」と認めながらも、虐待にまでは発展しません。

親が子に虐待をしない本質的な理由の答えは「自分が痛いから、できない」というもの。つい手を挙げそうになることも珍しくないイライラだらけの子育ての日常で、「自分が痛いから、できない」という親の感覚こそが、虐待のストッパーになっています。

シンプルだからこそ強力に働くため、子育ての日常に虐待は起きないのです。

冒頭で、この問いは児童虐待を理解する上で重要な問いだと書き、その答えを書きました。ここに、もう一つの質問を加えましょう。

子が傷つくことに、親の心が全く傷つかないとしたら?

つまり普通の親が虐待しない理由が当てはまらない親がいるとすると、何が起きると思いますか。

子供がいくら痛くても苦しくてもお腹が空いても、親は我が事のような痛みを感じず、まるで赤の他人のように感じたら何が起きると思いますか。

そうです。親が子の痛みを感じない世界では虐待はいとも簡単に起きてしまうでしょう。

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