虐待の通告を受けて対応にあたる支援者は、「虐待を止めさせなければ」という使命感に駆られる。当然のことだ。しかしその使命感が、正しい「見立て(=虐待親のタイプを見極めること)」を飛ばして「正論」を伝えようとしたとき、事態はしばしば悪化する。
見立てを誤った支援が、虐待を止めるどころか、かえって子どもを追い詰める。これは支援の現場で繰り返し起きている深刻な問題である。
本稿では、虐待親への対応において見立てを誤ることで何が起こるのか、そして子どもを守るために本当に必要な支援の方向性を整理する。虐待親の知的能力を正確に見立てることが、対応の出発点となる。
「正論」が虐待を悪化させるメカニズム
知的に問題のない親に対しては、「お子さんの気持ちを考えてみてください」「もう少し関わり方を工夫しましょう」という助言が有効に働く場合がある。相手には、助言の意味を理解し、自分の行動を振り返る力があるからだ。
しかし、相手が「軽度」知的能力障害や境界知能領域の親であった場合、同じ助言はまったく違う結果を生む。
「お子さんの気持ちを考えて」──この言葉は、「あなたの育児は間違っている」という否定として受け取られる。助言の「内容」ではなく、「否定された」「責められた」という感覚だけが残る。なぜなら「軽度」知的能力障害の親には、助言の内容を抽象的に理解し、自分の行動に当てはめて考える力が不足しているからだ。
支援者は虐待親に対して懸命に話している。しかし実際には、まったく伝わっていない。これが、虐待臨床に特化した専門講習で「感情移入」や「投影」の誤りと呼ばれている現象である。支援者が無意識に、目の前の相手を自分と同じ認知能力を持つ人間だと前提してしまうのだ。
見立てを誤った先に起こること
見立ての誤りは、単に「支援が空振りに終わる」だけでは済まない。もっと深刻な連鎖を引き起こす。
逆上──「お前のせいだ」
助言によって「自分が悪い親だと決めつけられた」と感じた親は、逆上する。その怒りは支援者に向かうこともあるが、より危険なのは、怒りが子どもに向かうことである。
「お前のせいで私が悪いと思われた」──こう言って、子どもへの虐待がさらにエスカレートするケースは珍しくない。支援者は「正しいこと」を伝えたつもりでも、結果として子どもをさらに危険な状況に追い込んでいる。
隠蔽──子どもを見えなくする
逆上の次に起こるのは、隠蔽である。「もう関わられたくない」と感じた親は、子どもを外部の目から遠ざけようとする。
保育園や幼稚園を突然やめさせる。学校を休ませる。場合によっては引っ越しをして、支援機関との関係そのものを断ち切る。子どもの安全を確認する手段が、すべて失われる。
ここで起こっていることの本質は、「支援の拒否」ではない。自分を否定する相手から逃げているのである。知的に問題のない親であれば、我が子との問題を理解していて、「何とかしなければ」、「行政に頼った方が良いかもしれない」と踏みとどまることもできるが、「軽度」知的能力障害の親にはその判断力がない。「否定された」という感情に支配されて行動する。
長期化──「手に負えないケース」の正体
行政の相談現場で「手に負えないケース」と呼ばれるものの中で最も多いのが、「軽度」知的能力障害や境界知能領域の親であるという報告がある。これは偶然ではない。誤った見立てのもとで対応がなされたために問題がこじれ、長期化しているケースが大半なのである。
見立てさえ正確にできていれば、有効な支援方針が立てられる。問題の多くは改善に向かうか、少なくともこれ以上状況が悪くならない。逆に言えば、「手に負えない」のはある意味相手の問題ではなく、支援する側の誤った言動が問題である。
「怒り」を見せた瞬間に、子どもとのつながりが切れる
虐待の内容がひどければひどいほど、支援者は感情を揺さぶられる。痣だらけの子ども、怯えて何も話せない子ども。その姿を見れば、虐待している親に怒りを感じるのは人間として自然なことだ。
しかし、その怒りを虐待親に向けた瞬間、子どもとのつながりは切れる。
怒りを向けられた親は、二度と相談に来なくなる。そうなれば、子どもの状態を確認する機会もなくなる。子どもの傷を発見できなくなり、子どもの声を聴く場もなくなる。支援者が正義感から取った行動が、結果として子どもをより孤立した状況に置くことになる。
ここで必要なのは、感情をぶつけることではない。まずは親の知的能力の見立てを行い、その結果に応じた対応を組み立てることである。


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