紀子さん(33歳)は社会人になって8年経った頃、うつ病を診断されて、自主退職した。両親に知られないように精神科に通ったが、診察券を見つけた親に追及された。「お前は仕事クビになって、頭もおかしくなったのか!」と、精神病棟に入院させられそうになった。紀子さんは殺される覚悟で、実家から逃げた。
親からの鳴りやまない電話に耐え抜く日々を過ごした。電話に出ない代わりに、腕を切ってどうにか自分を落ち着つかせた。
あれから5年が経とうとしている。精神科の先生の言われたとおりに薬を飲み、休養を経て、新しい仕事に就職した。まだ薬は飲み続けているが、鬱の症状もだいぶ落ち着いてきたように思える。
しかし、お盆休みやお正月が近づくと体調が悪くなる。
同僚に、「実家には、いつ帰るの?」
そのような質問をされるのを恐れて、その時期になると用事はなくても皆と同じように休暇を取るようにしていたが、それでも挨拶代わりの様に人々は聞いてきた。
「喧嘩別れしたようなもので…」と答えると
「いつの話をしているの。絶対ご両親は会いたがっているわよ。会いに行ってあげなさい。すぐに仲直りよ。」
「喧嘩別れで意地を張っていたら親孝行のタイミングを逃して後悔するぞ。」
そんなふうに言われる度、訳の分からない感情がこみあげて、自分だけが時間に閉じ込められたような感覚に襲われた。閉じ込められた空間の中で自責と恐怖の渦に飲み込まれる。仕事が手につかなくなるので、同僚に話しかけられるのは恐怖だった。
「喧嘩別れ」と言ったものの、本当は両親と喧嘩などしたことがない。両親にはいつも一方的に怒鳴られていたけれど、両親に怒りをぶつけたことなどないのだから。
喧嘩しても普通の親子は「仲直り」をするのだろうか。「仲直り」とは一体何だろう。両親は、よく分からないことで一方的に紀子さんを怒鳴り散らしたと思えば、気が済むとピタリとそれは終わり、まるで忘れてしまったかのように機嫌が直る人たちだった。そういうのを「仲直り」というのだろうか。
自分達はきっと普通の人、普通の家族と違うのだろう。普通の人が言っていることが理解できないほどに、自分は異常なのだと思い知らされた。
一人暮らしは誰からも怒鳴り散らされることはない。けれど頭の中で、同僚の声が聞こえる。
「呑気にこんな所で一人暮らしして親を放っておいて。親不孝は人間失格だよ。」
「育ててもらっておいて、喧嘩別れなんて。その内バチが当たるに違いない。」
同僚達の糾弾する声、冷ややかな表情が頭の中いっぱいになった。
こんな異常な人間を育てさせた償いをしないといけない。親孝行をしないといけないのに身体が動かない。絶えまない動悸と、身体が鉛の様に重たくて、どうしようもないのだ。
最後までブログをお読み頂き、本当にありがとうございます。もし少しでも参考になったと思っていただけた場合は、バナーをクリック頂けると、ブログ更新の励みになります。では、また次回の記事でお会いしましょう。
コメント