「私、悩んでいるんです!」に惑わされない

前回の続編となる内容です。前回記事はこちらからどうぞ。

前回は、虐待をした人が「悩んでいた」のか「不適応を起こしていた」のかという視点が大切であることを書きました。その際に、支援者に注意していただきたいことを今回書こうと思います。それは言葉尻に惑わされないという事です。

目次

ケースワーク 子育てに行き詰まるAさんとBさん

前回のAさんとBさんの例で、2人とも「仕事で悩んでいる」と言葉尻では同じことを言っています。相談を受けた支援者は「悩んでいる」という言葉だけに惑わされてはいけません。言葉の表面を捉えるのではなく、相談者が訴えたい真の内容や、その裏にある感情を聴かなければ、「悩んでいるのか」「不適応なのか」を判断することができません。

どういうことなのか、今回もまずはケースワークから始めていきたいと思います。場面は、役所の子育て相談窓口です。

Aさんの場合

支援者「今日はどうなさいましたか?」

A「子育てに、行き詰まっていて…。実は先日、子供に手を挙げてしまったんです…。

子供が全然ご飯を食べてくれなくて、かんしゃくを起こしてお皿をひっくり返してしまったんです。私、カッとなって、子供を突き飛ばしてしまいました…」(Aさん、悲痛な表情)

支援者「そうでしたか。辛かったですね。よく来てくれました。普段はどうですか?お子さんは可愛いと思えますか?」

A「子供は…可愛いというよりは、怖いんです。ママ、ママって私に何でも言ってきて、近寄ってきます。ママ友はみんな自分の子をちゃんと可愛がっているのに、私もちゃんと可愛がらなきゃいけないのに、我が子を怖がるなんて。ダメな母親なんです…普段も、手を挙げそうになるのを必死に堪えて育児をしていましたが、ついに手を挙げてしまいました。自分が怖くなって、ここに来ました。(Aさん、泣くのを堪えている)

支援者「そうだったのですね。よく話してくれました。ご主人やお母様のことを聞いてもよいですか?」

A「あ、はい…主人はいつも帰りが遅くて、育児に協力的ではありません。私の母親は、離れたところに住んでいますから、協力できないのは当然です、それにお祝いはくれました。普通のお母さんは一人でも何だかんだ言ってちゃんとやってますよね。(略)」

Bさんの場合

支援者「今日はどうなさいましたか?」

B「子育てに行き詰まっています。子供が全然ご飯を食べてくれないんです!こっちは作ってあげてるのに、わがままばかり言って、この間はお皿を投げつけたんです!ひどくないですか?!

子供だからって何してもいいと思ってるから、ちょっとお仕置きしましたよ!」(Bさん、怒っている雰囲気)

支援者「そうでしたか、大変でしたね。お仕置きというと?」

B「え?突き飛ばしたんですよ。もちろん軽くですよ?子供ってこうでもしないと分かりませんからね。

夫も、全然私のこと分かってくれないんです!【お前は子供にもっと優しくしてやれ】【家をもっと片付けろ】とか言うんです。自分は全然私に優しくしてくれないくせに、私にだけ言うんですよ!私は一生懸命、子育てしているのに!!帰り遅くて自分は何もしないくせに!本当に悩みすぎてストレスでどうにかなりそうですよ!」

支援者「そうですか、大変でしたね。よく来ていただきました。お子さんは可愛いですか?」

B「そうなんです、大変なんですよ~!子はそりゃ、可愛いですよ?自分の子ですからね。でも言うこと聞かないときはムカつきますけどね。普通でしょ?

支援者「そうですね…。ちなみに今日はどうしてこちらに来て頂こうと思ったのですか?」

B「え?夫に【子育ての愚痴を聞いてもらった方がいい】って言われたから来たんです。どうしてもってうるさかったんでとりあえず来ました。まあ、子育てに悩んでるってのは本当ですけどね~。

そういえば、ここきれいになりましたね~!あそこにあるアレは無料なんですか?!」(Bさん、突然話が変わる)

支援者「え?ああ…そうなんです。いま期間限定でご当地ジュースを設置しているんで、良かったら帰りに試飲して行ってくださいね。」

B「やったー!ところで、この間×××に行ったんですけどね~、私は青色が良いと思って~(略)」(Bさん、楽しそうにおしゃべりをする)

支援者「・・・・・?」(支援者、何の話か分かっていない

言葉の裏にある葛藤や感情を読み取る

ケースワークでは分かりやすいように少し大げさに書きましたが、子育て相談窓口で聞かれる、悩みと不適応の違いを表してみました。この違いは言葉尻だけを真に受けては気付けませんが、よく話に耳を傾けることで、「反省してる」「私が悪い」と言いながら実は怒っている、などがよくわかります。

ケースワークでも同じように「行き詰まっている、悩んでいる」と訴える2人ですが、明らかに裏にある感情が異なっていましたよね。

Aさんは深い葛藤を持ち、うまく子育てできずに子供に手を挙げてしまった自分に罪悪感を抱き、このままではマズイと自覚しています。

一方のBさんが持つ感情は「不満」や「怒り」です。子供に対してだったり、夫に対してだったり。そして子を突き飛ばしてしまった事への罪悪感はないようです。

ニュースではどちらも「子育てへの悩みを相談していた」と言われるでしょう。しかし、この両者の相談内容は明らかに異なります。相談者の来談動機も全く異なっていましたよね。Bさんは相談の必要性を感じていないため、すぐに話がコロコロと変わり、最後の話では支援者が何の話か分からなくなって戸惑ってしまいました。

今回の支援者が、もしも二人に「突き飛ばしてしまったんですか?!お母さん、それはまずいですよ。下手したら虐待です。」と言ってしまった場合の反応も間違いなく異なるでしょう。

Aさんは「やっぱり私は最低な母親だ。今度相談したら、児童相談所に通報されてしまうかもしれない。自分でどうにかしなきゃ。やっぱり誰にも話すべきではなかったんだ。」とまた自分を責めて、問題を抱え込むようになります。誤った介入をし続けた場合、最悪の結末の場合、心中や虐待死がおきます。

Bさんは「夫が行けと言ったから行ったけど、そのせいで怒られた!最悪!もう二度とあんな所行くか!」と言って帰宅後に、子に当たり散らし、もっと強い力で子を突き飛ばすかもしれません。誤った介入をし続けた場合、最悪の結末は子の虐待死です。

もうお分かりかと思いますが、Aさんは正常知能の母親、Bさんは境界知能の母親です。支援者がまず最初に考えるべきは、目の前の相談者の鑑別です。鑑別で最初に行うステップが相談者の知能が正常か否かです。これを区別せずに、支援しようとすると、事態は悪化します。鑑別は知能だけでなく、他の精神疾患(鬱や統合失調症など)の鑑別や心理発達の進度(思春期なのか、成人期なのかなど)もしていくことになりますが、最も重要なのがこの知能が正常か否かの鑑別であると知っておいてください。

最後までブログをお読み頂き、本当にありがとうございます。もし少しでも参考になったと思っていただけた場合は、バナーをクリック頂けると、ブログ更新の励みになります。では、また次回の記事でお会いしましょう。

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