『子供の頃、虐待を受けて育った人が我が子にも虐待をしてしまう』という一説があります。一昔前は連鎖する割合は7割とも9割とも言われていましたが、最新研究ではそうした高い割合の連鎖率は否定されています。では、この『虐待連鎖説』はどうやって生まれたのか?児童虐待連鎖に関する研究の歴史についてお話していきます。
虐待連鎖についての研究手法は歴史上、大きく分けて2段階の変化を遂げました。
最初に用いられた手法は、虐待加害者となった親を対象とした面接でした。『あなた自身、幼少期に養育者からの虐待を受けましたか?』という質問に多くの虐待親が『Yes』と答えたのです。
初期の研究群では、7割〜9割と非常に高い確率で虐待は連鎖するという結果が次々と発表されました。中には100%YES、つまり全員虐待を受けた経験があったと答えた発表までありました。
虐待を受けたという経験が、次世代の虐待を誘発するというセンセーショナルな研究結果は当時のアメリカを震撼させ、「児童虐待の世代間連鎖説」を世に広めていきました。
この虐待親への質問という初期の手法は約20年間にわたって続きましたが、次第にその研究手法に疑問視する声があがりました。連鎖論の根拠を加害者の証言としているだけの手法で、信頼性を欠いていたからです。また、調査対象者が虐待の加害者となった親のみであり、正常な親との比較もできていませんでした。
そして現れたのが中間期の研究方法です。初期との大きな違いは、『子供の頃に虐待を受けた』と話した女性が成長し、母親になった後のところまで追跡観察したところです。証言だけでなくその後の行動を加味しました。
実際に行われた研究の1つを紹介します。
まずランダムに選ばれた約300人の妊婦に対して妊娠中に「あなたは過去に虐待を受けましたか」という質問をします。
すると約50人がYESと答えました。
そして1年後に、我が子に虐待をした以前の妊婦が10名いました。
虐待を受けたと自己申告した50名の内、実際に虐待をやったのが10名。つまり虐待の連鎖は2割の確率でおきたわけです。
一方、この虐待加害者となった10名に「あなたは過去に虐待をうけましたか?」と同じ質問をすると9名がYESと答えました。つまり虐待の連鎖は9割の確率で起きた訳です。初期の研究結果と同じくらい高い連鎖律ですね。
加害者の証言からだと連鎖率は9割なのに、その後の現実行動を基にすると連鎖率は2割となったこの研究結果は、研究者たちを驚かせました。こうして過去に虐待経験があると言った女性が母親になった後を観察するという中間期の方法が、その後10年ほど主流になります。
この中間期の研究手法も、『まだ改善の余地があるのでは?』という批判があがるようになりました。
そしていよいよ現代の研究方法が登場します。方法は、3世代に渡っての追跡調査です。3世代に渡るということは、研究期間が長いということです。初期は加害者にアンケートするだけの労力が少ない手法で、しかも高い因果関係が示されるものですから、虐待連鎖の研究が流行りさえしました。一方、現代の方法は、時間も労力もかかるため研究数は決して多くはありません。しかし、記憶の証言という主観を論拠にしていないため、中間期の方法よりも更に客観性が増します。
現代の手法では、まず虐待の事実があった子供の観察から始まります。そして20年後、その子が母になった時、虐待するのか。そこで生まれた子が更に20年経って母になったら、虐待するのか。3世代を追跡調査します。
実はこの現代の研究は、まだ研究期間が終了しておらず、正式な研究結論は出ていないそうですが、中間結果としては約2割の連鎖が確認できているらしいです。
このように 証言重視型の初期⇒証言+事実の中間期⇒事実重視型の現代 と変化してきた虐待連鎖の研究は、長い時間を経てようやく「連鎖率は約2割」という結論になりそうです。
2割と言う数字も決して小さい数字ではありませんが、少なくとも「子供の頃に虐待された人の殆どが我が子にも虐待する」ようなことを示した過去の研究には大きな問題があり、そして間違いであったと言ってよいでしょう。
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