「虐待してきた親が年を取った。介護しなければいけないのか」──この問いを発する人の声には、怒りだけではなく、深い戸惑いが含まれている。
支援の現場に、こんな声が届く。
「40年前に自分を捨てた母が高齢になった。妹が、成年後見人制度を通じて私に母を押しつけようとしている。拒否権はないのですか。必死で一人で生きてきて、やっとどうにか暮らせていけるようになったのに、自分勝手な人たちの言い分が優先されるのですか」
親族から「あなたがやるべきだ」と言われている人もいる。福祉事務所から扶養照会の通知が届いて動揺している人もいる。「法的な義務がある」と思い込んで、一人で抱え込んでいる人もいる。
結論を先に書く。虐待した親の介護を、子どもが無条件に引き受ける法的義務はない。
ただし、「義務がない」という言い方は正確ではない。正確には、「扶養義務は存在するが、その範囲は限定的であり、虐待の事実がある場合は免除・減免される余地がある」──これが法律の建て付けだ。
この記事では、扶養義務の法的な構造を整理した上で、「何を断れるのか」「どう断ればいいのか」を具体的に見ていく。法的助言ではないため、具体的な問題を抱えている場合は必ず弁護士に相談してほしい。
「扶養義務がある」──その意味を正確に知る
民法877条が定めていること
法律相談の場で最も多い誤解は、「親の面倒を見る義務がある=介護をする義務がある」というものだ。
民法877条は、直系血族(親と子)の間に扶養義務があると定めている。しかし、この「扶養義務」の内容は、多くの人が想像するものとは異なる。
子どもが親に対して負う扶養義務は、法律上「生活扶助義務」と呼ばれる。これは、「自分の生活を維持した上で、余裕がある場合に限って、親の最低限の生活を援助する義務」だ。
つまり、自分の生活を犠牲にしてまで親の面倒を見る義務は、法律上存在しない。
「介護する義務」と「扶養する義務」は別のもの
ここでもう一つ重要な区別がある。
扶養義務は金銭的な援助の義務であり、「自分の手で介護する義務」とは異なる。法律が求めているのは、経済的な余裕の範囲内での援助であって、親のおむつを替えることでも、毎日施設に通うことでもない。
扶養義務は金銭的な援助の義務であり、「自分の手で介護する義務」とは異なる。
支援の現場では、「扶養義務=介護義務」と混同している相談者が非常に多い。この混同が、多くの人を不必要に追い詰めている。
扶養義務の優先順位
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