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子育て支援の窓口で、二人の母親がそれぞれ「子育てに悩んでいる」と口にした。ニュースになれば、どちらも「子育ての悩みを相談していた」と報じられるだろう。しかし、この二人が抱えているものは、まったく異なっている。
支援の現場でまず必要なのは、「悩んでいる」という言葉の裏にあるものを聴き分けることだ。言葉尻に惑わされてはいけない。
窓口に来た二人の母親
ある役所の子育て相談窓口に、二人の母親がやってきた。
Aさんの場合
支援者「今日はどうなさいましたか?」
A「子育てに悩んでいて……。子どもが泣いているのが怖いんです。泣き声を聞くとパニックになって、頭が真っ白になります。子どもはまだ小さいから、ママ、ママでも言ってきて、近寄ってきます。ママ友はみんな自分の子をちゃんと可愛がっているのに、私もちゃんと可愛がらなきゃいけないのに、我が子を怖がるなんて。ダメな母親なんです……普段も手を挙げそうになるのを必死に堪えて育児をしていましたが、ついに手を挙げてしまいました。自分が怖くなって、ここに来ました。」(Aさん、泣くのを堪えている)
支援者「そうだったのですね。よく話してくれました。ご主人やお母様のことを聞いてもよいですか?」
A「主人はいつも帰りが遅くて、育児に協力的ではありません。私の母親は離れたところに住んでいますから、協力できないのは当然です、それにお祝いはくれました。普通のお母さんは一人でも何だかんだ言ってちゃんとやってますよね。(略)」
Bさんの場合
支援者「今日はどうなさいましたか?」
B「子育てに行き詰まっています。子どもが全然ご飯を食べてくれないんです!こっちは作ってあげてるのに、わがままばかり言って、この間はお皿を投げつけたんです!ひどくないですか?!子どもだからって何してもいいと思ってるから、ちょっとお仕置きしましたよ!」(Bさん、怒っている雰囲気)
支援者「そうですか、大変でしたね。よく来ていただきました。お子さんは可愛いですか?」
B「そりゃ、可愛いですよ?自分の子ですからね。でも言うこと聞かないときはムカつきますけどね。普通でしょ?」
支援者「そうですね……。ちなみに今日はどうしてこちらに来ていただこうと思ったのですか?」
B「え?夫に「子育ての愚痴を聞いてもらった方がいい」って言われたから来たんです。どうしてもってうるさかったんでとりあえず来ました。まあ、子育てに悩んでるってのは本当ですけどね〜。そういえば、ここきれいになりましたね〜!あそこにあるアレは無料なんですか?!」(Bさん、突然話が変わる)
「悩み」と「不適応」のあいだ
二人とも「子育てに悩んでいる」と言った。しかし、その中身はまったく違う。
Aさんが抱えているのは「葛藤」だ。子どもを愛したい気持ちと、うまくいかない現実のあいだで苦しんでいる。手を挙げてしまった自分に罪悪感を持ち、「このままではいけない」と自覚している。自分の意思でこの窓口に来た。
一方、Bさんが持っているのは「不満」と「怒り」だ。子どもに対して、夫に対して。子を突き飛ばしてしまったことへの罪悪感は見えない。相談に来たのも、夫に言われたからだ。話はすぐに逸れ、支援者は「何の話だったか」と戸惑うことになる。
Aさんは成人期の知能を持つ母親であり、Bさんは境界知能の範囲にある母親だ。この違いを見極めることが、支援の最初の一歩になる。
言葉の裏にある感情を聴く
支援者が聴くべきなのは、「言葉」ではなく、その裏にある「感情」と「構造」だ。
Aさんの語りには、時系列がある。出来事を順序立てて説明できる。子どもの気持ちを推測する発言がある。「私が悪い」という自責は過剰だが、そこには子どもとの関係を何とかしたいという切実さがある。夫や母親に対しても、「仕方がない」と相手の立場を理解しようとしている。
Bさんの語りには、時系列の整理がない。子どもの年齢も状況も具体的に語られない。子どもの内面を想像する言葉がなく、「ひどくないですか?」「普通でしょ?」と同意を求める表現が多い。話題は突然飛び、支援者は何を聴いているのか分からなくなる。
この違いは、「性格」の問題ではない。認知機能の違いが、訴え方の違いとなって表れている。相手の気持ちを想像する力、出来事を順序立てて整理する力、自分の行動を振り返る力——これらの認知機能が、「悩み」と「不適応」を分けている。
見立てを誤ったとき、何が起こるか
もしこの支援者が、二人に同じ対応をしたらどうなるか。たとえば、「突き飛ばしてしまったんですか? それはまずいですよ。下手したら虐待です」と言ってしまったとする。
Aさんは、「やっぱり私は最低な母親だ」と自分を追い詰める。「今度相談したら児童相談所に通報されるかもしれない」と恐れ、問題を一人で抱え込むようになる。支援から遠ざかった先にあるのは、孤立と、最悪の場合の心中だ。
Bさんは、「夫が行けと言ったから行ったのに、怒られた」と受け取る。窓口には二度と来ない。そして帰宅後、子どもに当たり散らすかもしれない。もっと強い力で。
同じ言葉が、片方を孤立させ、もう片方の暴力を加速させる。見立てを誤ると、支援が加害になる。だからこそ、「悩んでいる」という言葉の裏にあるものを聴き分ける力が、支援者には求められる。




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