前の記事では、軽度知的障がい・境界知能を持つ人が大人同士の関係でどのようなトラブルを起こしやすいかを見てきた。
では、同じ特性を持つ人が家族を持ち、親となったとき、我が子との関係の中で何が起きるだろうか。この記事では、子育ての現場に現れる8つの場面を通じてそれを見ていく。
① 相手の気持ちが読めない
前記事の同窓会の事例では「相手がどう感じているか」を想像する力の弱さが、対人トラブルとして浮かび上がった。子育ての場では、例えば「子どもの困っているサインを受け取れない」という形で現れる。
交友関係に口を出すやりとり——
母親「あんたのクラスに〇〇ちゃんっているでしょ。今度家に連れてきなさい。あの子のお父さん、お医者さんなんだって。」
子ども「あ…ええっと、○○ちゃんとはそんなに話したことなくて…」
母親「何?仲良くないわけ?あんたもっと明るく話しかけなさいよ。だからその子にも嫌われるんだよ。私があんたくらいの時は、いつも友達に囲まれていたわよ。」
子ども「今度、話しかけてみる……」
母親は子どもの言葉を遮った。
母親「今度じゃなくて、明日話しかけるんだよ!そういうところだ。は~~~、これだから性格が暗い子どもっていやだね。」
子どもの「そんなに話したことがない」は、社会的な現実の報告だ——その言葉の裏にあるのは「私にはその子との関係が薄いから、家になど呼べない。誘うのは遠慮したい」という、我が子の気持ちである。しかしこの親に、そんな我が子の気持ちは読めないし、届かない。
目の前の子どもの気持ちが、母親にとっては透明となり、かわりに子どもの言葉が、親の計画への「抵抗」としか受け取められたのである。
次は子どもが何かを言ったとき、その言葉が「自分を修正するもの」として届かないという困難についてだ。
② 主張が一方通行
前記事では、駐車場無断使用のケースで隣人が具体的な問題を指摘しても届かず、一方的な主張が続いた。子育ての場でも同じ構造が現れる。
発熱した子どもとのやりとり——
真夜中に子どもが「頭が痛くて気持ち悪い」と起きてきた。
母親は「寝たら治る。私も眠いんだから、こんな遅くに起こしてこないで。」と言って子どもを寝室に帰した。
翌朝、子どもがフラフラしながら制服を着ようとしているのを見て、母親は「遅刻するから早くしなさい」と急かした。
午前中、保健室から「38度あります、お迎えをお願いします」と連絡が来た。
迎えに行った母親に養護教諭が「お子さん、昨夜から体調が悪いと聞きましたが。今朝はどうでした?何か飲ませましたか?」と確認すると、母親は首をかしげた。「そんな、大げさですよ。」
保健室教諭「お母さん、38度です。」
母親「子どもならそれくらいの熱、出ますよ。うちの子、体力ないですから。私はこれくらいの熱でも学校行ってましたよ。休まないで、体力つければ、強い身体になるんです。」
保健室教諭「お母さん、今は私たちの時代と違うんです。インフルエンザとかだったら、周りの子にもうつります。とにかく今日は病院を受診してください。」
母親「はあ。通じないですね。。いいです。今日はもう連れて帰りますから!」
保健室教諭「(どっちが通じないんだか・・・・)」
「主張が一方通行」とは、新しい情報を受け取る回路が、そもそも動いていない状態だ。だから養護教諭が「38度あります」と告げても、母親の結論は変わらない。「私はこれくらいの熱でも学校に行っていた」——自分の経験が絶対の基準になっていて、外から示される事実はその「正解」を変える力を持てない。
「通じない」と言って立ち去ったのは母親の側だったが、その感覚の中では自分こそが理解されなかった被害者になっている。通じていないのが自分だという自覚が生まれないから、「わかってもらえない」という感覚だけが残り、母親の考えは修正されない。
③ ダブルスタンダード
前の記事では休暇申請をめぐる職場でのやりとりを紹介したが、「自分がやれば問題ない、他人がやれば問題だ」——というダブルスタンダードは、子育ての場でも変わらない。
5分の遅刻と2時間の外出が、同じ家で起きる場面を見てみよう。
門限をめぐるやりとり——
子どもが帰ってきたのは、約束の時間より5分遅かった。
母親「どこほっつき歩いてたの。門限破るなんて、ふしだらの始まりだよ。時間が守れないのって、お母さん一番嫌いなんだよね」
子どもは黙ってうつむいた。公園で友達と話していたら、少し長くなっただけだった。
数日後の夕方、母親は「ちょっとそこまで」と言って出かけた。夕飯の時間が過ぎ、暗くなった。子どもは一人でテーブルに座ったまま、時計を見ていた。
母親が戻ってきたのは、2時間後だった。「お腹すいた、何かある?」と言った。
「遅かったね」とは言えなかった。言えば何が起きるか、もうわかっていた。
「残す側」と「残していい側」が、同じテーブルに存在する場面も見てみよう。
食べ残しをめぐるやりとり——
母親「好き嫌いしない。全部食べなさい。残すのって、一番みっともないよ」
それが家のルールだった。子どもが野菜を少しでも皿の端に寄せると、テーブルを叩いて怒鳴られた。
ある日、母親がデリバリーを注文した。届いたものを一口食べて、「なんかイメージと違う。口に合わない」と言った。半分以上が残ったまま、容器がゴミ袋に消えた。
子どもはその様子を、黙って見ていた。
「残すのって、一番みっともない」という言葉が、どこへ行ったのか。時間を守れないことを怒鳴りつけた同じ人が、2時間帰ってこなかった。母親はどちらも気づいていなかった。
同じ行動に対して、異なるルールが適用される。子どもはその矛盾に気づいている。しかし口にはしない。その沈黙が何を意味するか、母親は知らない。







