精神年齢12歳未満の親が、子育てをしている

自宅をゴミ屋敷状態にしてしまう、行政手続きができていない、子供の育児を放棄している。そうしたケースは親が軽度知的障害や境界知能であることがしばしばあります。

彼らに見られるこうした生活の崩れは、いわゆる「だらしない性格」や「うっかりした性格」とは、明らかに一線を画すものがあります。

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知的障害の幅と、精神年齢への換算

知的障害といっても、最重度から軽度まで幅があり、さらに医学的には障害に含まれないボーダーラインまで存在しますが、それぞれのIQを精神年齢に換算すると、概ね次のようになります。

最重度が3歳未満。重度が3歳から5歳。

中度が5歳から7歳。

軽度が7歳から11歳。

そしてボーダーが11歳から12歳。

この数字を目安としてまず知っておく必要があります。

「中度より重い」は、社会が守ってくれる

乳幼児や最重度、重度の方は、食事や排泄なども一人ではできません。保護者が数日でも不在になれば、命の危険に晒されます。

小学校低学年の子どもや、中度の方であれば、数日程度なら自力でなんとかなるかもしれない。でも、すぐに限界が来るでしょう。

こうしたイメージは、社会の認識とも一致しています。だからこそ、小学生や、中度より重い知的障害のある方は、施設や保護者のもとで守られています。

問題は「軽度」と「ボーダー」

しかし、軽度とボーダーはどうでしょうか。ボーダーの精神年齢は、高くても12歳。

本物の12歳同士のカップルが妊娠したとしたら、多くの場合、中絶が選ばれるでしょう。あるいは祖父母が全面的にサポートするか、施設に助けを求めるか。そのカップルだけで子育てをする、という選択肢は、まずあり得ない年齢です。

自分が12歳のころ、小学6年生のころを振り返ってみれば、自分一人の生活がかろうじてできるかできないか、本当にギリギリのラインではないでしょうか。

その年齢で、家事と赤ちゃんのお世話が、はたしてどこまでできるでしょうか。

遊びたい気持ちを抑えながら、栄養の知識もほぼないまま、お菓子やパンを適当に与えながら。

お金の管理もできないまま、友達に誘われたら出かけてしまいながら、おそらく、ゴミ屋敷に近い状態になってしまうでしょう。

崩れているのは「家事」だけではない

ゴミ屋敷やお菓子の食事といった「目に見える生活の崩壊」だけが問題ではありません。精神年齢12歳未満の親のもとでは、子どもの心のケアも、同じように崩壊しています。

母親が小学5年生の娘に泣きながら相談する場面を見てみましょう。

夜、母親が娘の部屋にやってくる。目を腫らして、「お父さんが最近おかしいの」と切り出す。帰りが遅い日がある、知らない相手と連絡を取っているみたい──父親の浮気をにおわせる内容を、泣きながら娘に打ち明け始める。小学5年生の娘は、どう反応していいか分からないまま、ただ黙って聞いている。母親は娘の顔を覗き込みながら、「ねえ、どう思う?」「お母さん、どうしたらいいかな」と聞く。

この場面の異常さは、「浮気の相談を子どもにしている」という内容の不適切さだけにあるのではありません。

本来、親は子どもの心をケアする側にいます。「学校で何かあった?」「嫌なことがあったら話しなさい」──子どもの感情を受け止めて、安心を与える。それが親の役割です。

ところがこの場面では、その関係が完全に逆転しています。母親のほうが、自分の感情を受け止めてもらう相手として娘を選んでいる。心のケアをする側と、される側が入れ替わっている。

なぜこうなるのか。

軽度知的障害の精神年齢は7歳から11歳。小学5年生の娘の実年齢は10歳から11歳。母親の精神年齢のほうが、娘の実年齢を下回っている可能性があります。

こうなると、母親は無意識のうちに、家庭のなかで「一番しっかりしている人」に頼ろうとする。それがたまたま自分の子どもだった。ゴミ屋敷になるのと同じ原理です。「子どもの心を守る」という高度な作業が精神年齢の限界を超えてしまっている。それどころか、子どもに自分の心を守ってもらおうとしてしまう。

この娘の側から見れば、本来は守ってもらうはずの親から、逆に感情を預けられている。殴られたり、食事を与えられなかったりする虐待とは違う。しかし、子どもの心に静かに、深い傷を刻みます。

「理解できない」ではなく「起こるべくして起きた」

こうして考えてみると、報道される数々のネグレクト事件が、別の見え方をしてきます。家事の崩壊も、子どもの心のケアの崩壊も、根は同じです。

もし本物の12歳カップルがネグレクト事件をおこしたのなら、

世間は「12歳だって?そりゃあ子育てなど無理に決まっている。周りの大人は何をしていたんだ」と言うでしょう。

しかし実際には、精神年齢が12歳未満の「大人」が起こしており、年齢・見た目が大人であることから、「理解できない。親失格だ」という言葉が飛び交う。

ネグレクト事件の全てが知的障害によるものだとは言いません。ただ、虐待臨床に特化した専門講習で示されてきた知見によれば、その相当数が知的能力の問題を背景に持っていると言われています。

身体が大人であることが、認識を曇らせる

中度より重い知的障害であれば、子育てが難しいことは誰でも想像できます。

しかし軽度やボーダーになった途端、社会は「一人前の大人」として扱います。自分の生活だけならどうにかなっているという事実が、「子育てもできるはずだ」「それができていないのなら、それは怠慢に過ぎない」という勝手な思い込みを生んでしまっています。まして、子どもの心のケアが崩壊していることなど、外からは見えません。

軽度の知的障害では障害者手帳もなかなか交付されないと言われています。必要な支援が届かないまま、精神年齢が12歳未満の大人が、子育てをしています。

繰り返しますが、これが本物の12歳であれば、周囲の大人が青ざめて急いで何か手を打つような年齢です。

この悲劇を繰り返さないために

妊婦健診や両親学級の場で、知的な側面を把握できる何らかの仕組みを設けることを真剣に考える時期に来ているのではないか、と考えます。

人口のおよそ50人に1人が軽度知的障害とされ、ボーダーラインは7人に1人とも言われています。全員が親になるわけではありませんが、性欲を理性でコントロールする機能が低いですから、正常知能の人よりも、妊娠の機会は多いでしょう。潜在的な数は決して少なくありません。

精神年齢7歳から12歳未満の親が、支援もなく子育てをしている危険を、社会がどう認識するようになるか。何も対策を打たなければ、この悲劇は何度でも繰り返されます。

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