死にたいではなく、消えたい。— 虐待のなかで育った人の希死念慮

夜が終わらない。朝が始まらない。

安心が何なのか、分からない。
ぐっすり眠るという感覚が、分からない。

これは、虐待のなかで育った人たちの内側にある声である。長く、抱えてきた人たちの声でもある。

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終わりのない一日のなかで

真夜中、突然起こされて、親から説教され、家の掃除をさせられた。疲れ切って、それでも眠れなかった。

「自分は幼稚園の頃から眠れない子だった」、と気づくのは、ずっとあとのことだった。歯ぎしりで歯はすり減り、誰にも教わらなかった歯磨きで、奥歯はボロボロになっていた。

普通家庭育ちの人が「終わらない一日」や「緊張や疲れ、不快感」をイメージしようとするなら、例えば突然の大災害である。仕切りもプライバシーもない体育館に避難させられ、治安は悪く、人々のイライラと疲れと緊張のなかで、何週間も何か月も、終わりの見えない生活をしている――そういう状況だ。ぐっすり眠れない、というのも少しは想像できるはずだ。

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