「なぜ風俗の世界に入ったのか」——この問いに、当事者本人がうまく答えられないことがある。
前の記事で紹介した由香さんは、家を出てしばらくの後、その世界に入った。彼女が後年、そのころの日々をこう振り返っている。
「なぜその仕事を?」と聞かれたことがある。
「お金が必要だった」「生活のためだった」と言えば嘘ではない。けれども稼いだ金の行き先は、最初から決まっていた。担当のホストのためにもっと頑張らないと。受け取った封筒から1万、2万と淡々と数えた。
「ホスト通いも風俗嬢としての自分も、流れでそうなった」と言えば、自分で選んだように聞こえてしまう。けれども、気づいたときにはもう、その中にいた。沼に引きずり込まれるように、だったのか。あるいは自分から沈んでいったのか——自分でもどちらだったのか分からない。待機の控え室で、同じ店の女の子たちの声が、いまも耳に残っている。「担当が私のすべてだから」とぽつんと言う子がいた。「人生変わった、いまが一番幸せ」と笑う子がいた。「人間失格って感じだよね、私たち」と化粧を直しながら呟く子がいた。誰ひとり実家の話はしようとしなかった。今夜の自分をどう呼ぶか、それだけが、毎晩、別の言葉で交わされていた。
本人の中でも、答えはまとまっていない。この記事では、由香さんのような女性が「なぜそこへ向かったのか」を、5つのレイヤーで紐解いていく。家庭で形成された生き方の土台、風俗の世界へ向かう入口、店の中で起きていること、抜け出せない仕組み、そして助けを求められない理由。順番に見ていこう。
第1章 「価値のないカラダ」が育つまで
数字が示す事実
風俗で働く女性を対象にしたある海外の調査では、回答者の約6割が、幼少期に性的な被害を経験していた。そのうち7割が「その体験が、いま自分がこの仕事に就く決断に影響した」と答えている。特定の国の話ではなく、複数の研究で繰り返し報告されている結果だ。[参考研究]
身体への被害と、職業選択の方向。本来結びつくはずのない二つが、これだけの規模で結びついている。何が起きているのか。
体に刻まれる「侵害は受け入れるもの」
未成年の身体への侵害は、本来「絶対に犯してはならない禁忌」として大人の側が守るべき一線である。とくに、守るべき立場の保護者がそれを破ることは、言語道断だ。
しかし、その禁忌が繰り返し破られたとき、子どもの中には別の現実が育っていく。「自分の体は、他人の侵害を受け入れなければならないモノ」「抵抗できないモノ」——そんな認識が、無意識のうちに根づく。考えて受け入れたわけではない。繰り返された体験が、身体にそう刻み込ませる。
この刻印があると、「自分の体を使ってお金を稼ぐ」という発想に対して「絶対に嫌だ」という感覚は、そもそも立ち上がりにくい。嫌悪感を支える土台そのものが、育っていない。

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