兄弟で違う扱いを受けて育つということ

「自分は長女だから厳しく育てられた」「弟は末っ子だから可愛がられた」――そんなふうに片づけて生きてきた人が、ふと振り返り、自分が受けていたのは兄弟差別という形の虐待だったと気づくことがある。

兄弟差別は、家庭の中で「自分だけ」が違う扱いを受けるという形の虐待である。同じ親、同じ屋根の下、同じ食卓、同じ家族写真――けれど、向けられる言葉も、与えられる物も、扱いも、明らかに違う。家族の外からは「ふつうの家庭」にしか見えず、当事者も「自分の性格のせいだ」「順番のせいだ」と説明をつけて納得しようとする。気づかれないまま、影響だけが蓄積していく。

この記事では、兄弟差別の典型像、家庭の中だけに収まらないケース、そして大人になってから家族とどう向き合うかを、順に整理していく。

目次

兄弟差別が長く語られてこなかった理由

兄弟差別は、長く言葉にされてこなかった現象である。兄弟差別が見過ごされてきたのは、四つの層が重なっているからだ。

一番外側にあるのは、社会の側の層。世間から見ると、兄弟差別は「長子優遇」「上の子は厳しく、下の子は可愛がる」「男の子は跡取りだから」「女の子はどうせ嫁に出すから」といった、古くからの家族観の延長として処理されやすい。親戚や近所の人に相談しても、「どこの家もそうよ」「昔ながらの家はみんなそうだった」と片づけられることが多い。

その内側にあるのは、親側の層。「公平に育てているつもり」と信じていることが多く、自分が差別をしている自覚がない。差をつけたとしても、「この子はこういう性格だから」「兄は男だから手をかけて当然」「長女には期待しているからこそ厳しくしている」と内面で正当化される。

さらに内側にあるのは、きょうだい同士の層。「あなたは可愛がられていた」「あなたはひどい目に遭っていた」と直接語り合うことは、家族の中で被害者と加害者を生み出すことになる。だから語らないまま、それぞれが別の物語を抱えて生きていくことが多い。

一番内側にあるのは、当事者本人の層。「自分は長女だから期待されて厳しく育てられた」「自分は次男だから手薄だった」「自分の性格に難があったから差をつけられた」――兄弟構成や順番、自分のせいにする説明が、自分の中で先に固まってしまう。家庭の中で起きていることが、「きょうだい差別」とはっきり認識できずに大人になっていく。

四つの層が重なって沈黙を作るため、現象は「家庭の事情」として処理されてしまう。だから、当事者が「兄弟差別」「機能不全家族」「搾取子」「愛玩子」といった言葉に初めて出会ったとき、長年の体験にようやく形が与えられる、という出来事が起きる。

兄弟差別は、当事者の中で輪郭を持たないまま残り続けやすい虐待である。それを言葉にできるまで、自分の家庭を「ふつう」だと信じ続けることになる。

兄弟差別の典型像

兄弟差別の現れ方には、いくつかのパターンがある。家庭の事情は違っても、繰り返し現れる似た光景がある。

① 比較・序列付けの格差

直接の罵倒も無視もないが、常に他のきょうだいと並べて評価され続けるのも、兄弟差別の典型的な現れ方である。日常のあらゆる場面で、もう一人と比較されることが、子どもの自己評価をじわじわと削っていく。

日常的に他のきょうだいと比較され続ける場面を見てみよう。

ほぼ毎日のように、母は私を姉と比較した。「お姉ちゃんはちゃんとできたのに、なぜあなたは」「お姉ちゃんを見習いなさい」――食卓で、勉強机の前で、親戚の集まりで、その言葉が繰り返された。テストの点数も、習い事の発表会も、進路選びも、すべて姉と並べられて評価された。「姉を超えなければ存在を認められない」という焦りが、子ども期のあいだずっと続いた。

比較・序列付けの格差は、見えにくいが深い影響を残す形態の一つだ。子どもは「自分自身として認められた経験」を積み重ねられないまま大人になっていく。きょうだい同士の関係も、親が作った序列の上で構築されることになり、大人になってから関係を組み直すことが難しい。さらに、自分の価値を他者との比較でしか測れなくなる癖がつき、人間関係や仕事の場でも、つねに誰かと比べて自分の位置を確認する習慣が残りやすい。

② 機会・楽しみの格差

家族で楽しむ機会の中にも、兄弟差別は現れる。家族旅行や行事に一人だけ連れて行ってもらえない、誕生日のお祝い方が明らかに違う、習い事や友達と遊ぶ時間の許可に格差がつく――こうした目立たない差別が、家族の思い出の中での「不在」として残り続ける。

家族の思い出の中に、自分の場所が見つけられない場面を見てみよう。

ある人の家では、家族旅行や行事には弟ばかりが連れて行かれた。自分は留守番役にされ、誕生日のケーキも、気がついたら買い忘れられていた。大人になって実家のアルバムを開いたら、弟の写真ばかりで、自分の幼少期の写真は数えるほどしかなかった。「私の存在は、家族の歴史にあまり残っていない」と気づいたのは、その時だった。

機会・楽しみの格差は、目立った暴力や経済的格差としては現れにくいぶん、本人もまわりも見過ごしやすい。けれど、子どもの時間を共有する経験そのものに差をつけられた人は、大人になってから「自分は家族の物語の登場人物だったのか」という根源的な問いを抱えがちだ。

③ 声かけの格差

直接の罵倒ではなく、無視や、ほかの家族への圧力転嫁という形で行われる差別もある。表面的には穏やかに見えるため、外からは特に発見されにくい類型だ。

家の中で一人だけが空気のように扱われる場面を見てみよう。

中学に入った頃から、母は私にだけ目を合わせなくなった。妹や弟には普通に話しかけ、笑顔も見せる。私が冷蔵庫を開けたり、椅子を引いたりするたびに、母は私に直接ではなく食卓を囲む家族に向かって「うるさいなあ」とため息をついた。私が物音を立てれば、その場の空気が冷えるという構造ができ、家のなかでは息を詰めて過ごすようになった。テスト勉強で深夜まで起きていたい日も、電気はつけられない。物置の片隅でスマホの光だけを頼りに参考書を開いていると、見つかったとき「こそこそ何をしているの」と責められた。

この型の差別は、本人を直接攻撃しないぶん抗議しにくく、しかも「自分のせいで他の家族が苦しんでいる」という余分な罪悪感を上乗せする仕掛けとして機能する。

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