「あの夜」と呼べる特定の出来事から始まった人がいる。その一回が、それまでの世界を決定的に変えてしまった。
あるいは「気づいたら、そういう日常があった」と語る人もいる。
連続した日々のなかに被害が織り込まれていて、いつから始まったのか自分でも線引きできない——そういうかたちも、性的虐待にはある。
この記事では、性的虐待の被害を打ち明けられない構造、自責感の正体、そして「出口」と呼べるものの形について整理していく。
涼香さんが、40代になってようやく言葉にできたこと
涼香さんが、父親からの行為を最初に打ち明けたのは、40代になってからだった。被害は、小学校に上がる前から中学生になるまでの間、繰り返されていた。
なぜ、当時、誰にも言えなかったのか。「話す」という選択肢そのものが存在していなかった。
涼香さんが、初めて口を開いた場面を見てみよう。
カウンセリングルームで、涼香さんは何度か言葉を飲み込み、ようやく口を開いた。
母親が夜勤で不在の夕方の時間だった。まだ幼い妹はリビングで寝ていた。父親が子ども部屋に入ってきて、上から覆いかぶさった。口の上から大きな手がかぶせられ、息がうまく吸えなかった。
「涼香とお父さんの秘密だからな」
体の中に何かが押し入ってきた瞬間、激しい痛みがあった。子供の未成熟な体で受け止めきれるようなものではなかった。タオルには血が付いていた。
被害が終わったあと、涼香さんは押し入れに逃げ込んだ。普段は目に入ることすら嫌だった蛾の死骸を気づけば踏んづけていたが、不思議と気持ち悪いと感じなかった。何も考えられずに、ただ蛾の死骸を見つめていた。
被害は一度では終わらなかった。毎日のことだったのか、週に何度かだったのか、記憶は曖昧なままだが、ある時から、痛みも、時間の流れも、父親の重みも、だんだん遠くなっていった。何分のことだったのか、何時間のことだったのか、後になっても思い出せなかった。
これが「解離」と呼ばれる現象の入口だった。感じるべきものを感じない、という反応が、被害のその瞬間から子どもの中に組み込まれていった。
被害のかたちは、ひとつではない
涼香さんのような「夕方の部屋で起きる、父からの侵害」は、性的虐待の一つの形にすぎない。同じ「親族からの性的虐待」と一言で言っても、実際に起きていることは、家庭ごとに、加害者ごとに、まったく違う表情をしている。ここで、涼香さんとは違うかたちをいくつか見ていく。
萌さん——日常そのものが、被害の構造になっていた家
萌さんの家の日常を見てみよう。
萌さんの母親は朝早くに家を出て、夜遅くまで帰らなかった。父親は定職に就かず、日中ずっと家にいる。学校から帰ると、狭い部屋に父親と二人きりになる。テレビには子どもが見るべきでないものが映っていて、部屋の棚にもアダルト雑誌や裸の女性のカレンダーが無造作に並んでいた。それが日常だった。
学校帰りはいつも父親が「こっちに来い」と言った。逆らえば何をされるか分かっている。身体が動いたのは、従いたかったからではない。それ以外の選択肢が、その部屋の中になかった。
麻衣さん——借金取りの男と、シュークリーム
麻衣さんの家庭を見てみよう。
麻衣さんが小学校4年から中学3年まで耐え続けたのは、母親の借金取りとしてやってくる男からの性的暴行だった。男が来る日には、決まって食卓にシュークリームが置かれていた。母親はにこやかな顔で「ここの、美味しいのよね。あんたも食べなさい」と言った。麻衣さんが部屋へ連れて行かれるのを、母親は見ないふりをした。
最初の頃は逃げようと抵抗した。けれども、抵抗するたびに殴られるようになり、やがて麻衣さんは抵抗をやめた。シュークリームの味は、いつのまにかしなくなっていた。
ここでは、加害者は外から来る男だった。けれども、麻衣さんを差し出していたのは家庭の中にいる人間だった。「外部の加害者」と「家庭内の共謀者」が組み合わさった構造の中で、子どもは逃げ場を失う。
由香さん——「性教育」と称した、母自身からの侵害
由香さんへの加害は、母親自身の手で行われた。
ある休日の夕方、母親は機嫌の良い顔で由香さんを呼んだ。「あんたも大きくなったから、女のことを教えてあげる」——小学校に入って間もない頃だった。
居間のソファに隣り合って座らせ、手元に持ってきたアダルト雑誌を開きながら、やさしい声で説明を始めた。ページに出てきた裸の女性を指さして、「将来、あんたはこういう仕事をするんだよ。ここで偉くなるためには、男を喜ばせる方法を知っていなくちゃいけない」。説明はそのまま由香さんの体に直接触れる形へ移り、母親は手を動かしながら指示を続けた。
由香さんの中にあったのは、抵抗の言葉ではなく、ぼんやりとした嫌悪感だった。「大人になりたくない」——その日に芽生えたこの感覚は、その後も長く消えることがなかった。
「教育」という体裁で正当化されているが、構造としては性的虐待そのものだ。性に関する知識は子どもの発達段階に応じて適切に伝えられるべきもので、子どもの体を直接触りながら男性を喜ばせる目的で身体訓練を行うなど言語道断だ。加害が「教育」と呼ばれている状況は、被害者である子どもの中で混乱を深める。「悪いこと」として拒否すれば家庭の唯一の養育者を失う。「正しいこと」として受け入れれば、自分の体への侵害が日常のものとして続いていく。子どもはこの板挟みの中で、感情を切り離して耐えるという反応を、無意識のうちに身につけていく。
千夏さん——父のパソコンと、知らない男
千夏さんは、大人になってからの治療の中で、幼い頃の記憶が浮上した。
父親のパソコンに映っていた画面。暗い背景に、見慣れない文字列が並ぶサイト。自分の写真が、そこに載っていた。衣服を着ていない、幼い自分の姿だった。それが誰かに売られていたのか、交換されていたのか、当時の千夏さんには分からなかった。ただ、あの画面の異様さだけが記憶に残っていた。
そのサイトを通じてだったのかもしれない。ある日、見知らぬ男が家に来た。子どもの腕や脚にある傷に気づくと、男は目を輝かせた。指先で傷の跡をなぞりながら、「すごくいいね」と不気味に呟いた。子どもには分からない言葉が、二人の大人の間で飛び交っていた。父親がだんだん得意げな顔になっていくのだけが分かった。
その先に何が起きたのかを、千夏さんは長い間知らなかった。知っていたのは、自分の中にいる「小さな子」だけだった。知らない男の体温が近かったこと。動けないように手首を縛られたこと。終わった後、ゴミのように放っておかれたこと。それらはすべて、意識を手放した後に「小さな子」が引き受けていた記憶だった。
子どもの体を、別の大人と交換可能な「商品」として扱う構造が、家庭の中に組み込まれている場合もある。
なぜ、これらの場面の最中に、子どもの感覚は遠のいていくのか。なぜ、何年経っても誰にも言えないのか——その答えは、子どもが生き延びるために身につけた一つのしくみにある。







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