虐待親への支援が始まる現場——多くは保健センターの相談室、児童相談所の面談ブース、保育園の三者面談、福祉事務所の窓口などだ。そこで支援者が最初に向き合うべき問いは、「どんな虐待をしているか」ではない。
「目の前の親は、正常知能か? そうでないのか?」
この見極めが、その後の支援方針の8割を決める。
医療の現場で、熱の出た患者にいきなり薬を出さないのと同じだ。風邪なのか、インフルエンザなのか、別の感染症なのか——「見立て」が決まらないうちは、適切な処方は決まらない。虐待親への支援も、これと同じ構造を持つ。
たとえば「子どもを怒鳴ることが止められない」という相談があったとする。正常知能の親には、内省を促す心理的な働きかけが届く。「なぜそうなるのか」を一緒に整理し、自分を振り返ってもらう作業が、そのまま支援になる。
しかし境界知能や軽度知的障害の親に、同じ働きかけをしても変わらない。「振り返る」「冷静になる」という内的な回路そのものが、本人の中に備わっていないからだ。必要なのは、内側に向ける言葉ではなく、外側の環境を変える設計——引き金になる場面そのものを物理的に減らす介入である。
同じ症状でも、見立てが違えば、支援の構造そのものが変わる。
見立てには二軸ある——「脳機能」と「被虐待体験」
虐待親の見立てを誤りやすい最大の理由は、「虐待する親」をひと括りで捉えてしまうことだ。だが、実際の現場で出会う虐待親には、まったく違う構造の二系統が存在する。
第一軸:脳機能の問題
認知や行動を支える脳の機能に、何らかの限界が生じているケース。知能の問題(軽度知的障害・境界知能)が代表的だが、発達特性(自閉スペクトラム傾向など)、精神疾患(統合失調症など)、脳の変性(認知症など)も含まれる。共通するのは、養育に必要な機能がそもそも本人の中に十分には備わっていないことだ。性格や努力の話ではなく、脳という機能の問題である。
本稿は、このうち現場で最も頻度が高い「知能」の見立て方に焦点を絞る。
第二軸:被虐待体験の問題
親本人が幼少期に虐待を受けて育ったケース。脳機能には問題がないことが多い。しかし、自分の子と向き合う場面で、過去の傷がより強く呼び起こされることなどに起因する。
この二軸は、現場で混同されやすい。だが、必要な支援はまったく逆方向を向く。
第一軸の親に「過去を整理する心理療法」を持ち込んでも、整理する作業そのものが本人の機能の限界を超えるので届かない。第二軸の親に「養育手順のマニュアル」を渡しても、本人を縛っているのは知識不足ではなく過去の記憶の侵入なので、核心は外れる。
見立てに入る支援者が最初に置くべき問いは、こうである。
「目の前の親は、脳機能の問題か、被虐待体験の問題か(あるいは両方か)」
この問いを冒頭に立てるだけで、見立ての解像度は一段上がる。上述の通り、本稿はこのうち第一軸の中の「知能」に焦点を絞るため、第二軸の見立て、および脳機能のうちの他の問題(発達特性・精神疾患・脳の変性)については、別稿で扱う。
「知的に問題のない親」の姿──見立ての基準線
まず、正常な知的能力を持つ親がどのような振る舞いをするかを押さえておく必要がある。これが見立ての「基準線」だ。知的に問題のない親には、傾聴場面で次のような特徴が観察される。
来談行動:問題を自分のこととして自覚し、解決への責任と意志を持って、自発的に相談に来る。相談先も自分で調べて検討している。
陳述の仕方:質問に沿った返答を返す。時系列が整理されている。他者の心理を推測する発言がある。自責の念が語られる。
倫理規範:社会のルールを理解し、それに従いながら生きている。子育ての責任を自分の問題として引き受けている。
不登校の息子について相談に来た正常知能の母親の場面を見てみよう。
母「半年くらい前から、朝になるとお腹が痛いって言うようになって。最初は本当に体調が悪いのかと思って、何度か病院にも連れて行ったんです。でも検査では何も出なくて……。
ある日の朝、息子が布団から出てこなくて、私、つい『いつまで甘えてるの!』って怒鳴ってしまったんです。そうしたら息子が、布団に潜ったまま、本当に小さな声で『ごめんなさい』って言って。それを聞いた瞬間に、ああ、私はずっと息子の話を聞かずに、責めてばっかりだったんだ、って気がつきました。
思い返してみると、息子が最初に『学校で嫌なことがある』って言いかけたとき、私、忙しくて『それくらい我慢しなさい』で済ませちゃったんです。あれが多分、息子が私に話すのをやめた瞬間だったんだろうなって。
気づくのに半年もかかって……息子の話を、私はずっと聞いていなかったんですね」
この短い語りのなかに、複数の質が同時に滲み出ている。半年前から今日までを順序立てて語る時系列の整理。息子の心情を推し量る力(「私に話すのをやめた瞬間」)。怒鳴ってしまった自分を取り繕わずに言葉にする率直さ。そして、原因を外に求めず自分の関わりを問い直す姿勢。これらは支援者が誘導して引き出したものではない。母親が自分のペースで話すなかで、自然に表面に浮かんできたものだ。
この姿を「正常知能」見立ての「基準線」として頭に置いたうえで、以下の特性をチェックしていく。
この基準線から外れる親をどう見立てるか。続きでは、口を挟まない傾聴で観るべき4つの軸を提示し、それらが知能の段ごとにどう違って現れるかを見ていく。境界知能の親は一見すると「普通の大人(正常知能の大人)」に見えるため最も見落とされやすいが、この4軸を頭に置いて20分も聴けば、その輪郭が浮かび上がる。








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