虐待はなぜ「繰り返す」のか|世代をまたぐ四つのパターンと、その違い

「虐待は連鎖する」という言葉を耳にしたことがあるだろうか。

この言葉は正確ではない、ということについて本稿では書いていく。

「連鎖」と呼ばれる現象の中には、まったく異なる構造を持つ複数のパターンが混在している。

何が「繰り返している」のかを正確に知ることは、支援の方向を決める上でも、当事者が自分の状況を理解する上でも、決定的に重要だ。この記事では、世代をまたいで起きうる四つのパターンを区別して解説する。

 

目次

第1章 「繰り返す」ように見えるものの中にある四つのパターン

虐待が世代をまたいで起きる場合、その構造は大きく四つに分けられる。それぞれ、繰り返しの「正体」が異なり、子どもが受け取るものも、支援の方向も違う。

パターンAは、軽度知的障害または境界知能を持つ①祖母→被虐待体験を持つ②娘→被虐二世の③孫、という流れだ。

パターンBは、被虐待体験を持つ①祖母→被虐二世の②娘→被虐三世の③孫、という流れだ。

パターンCは、軽度知的障害または境界知能を持つ①祖母→軽度知的障害または境界知能を持つ②娘→被虐待体験を持つ③孫、という流れだ。

パターンDは、軽度知的障害または境界知能を持つ①祖母→被虐待体験を持つ②娘→軽度知的障害または境界知能を持つ③孫(隔世遺伝)、という流れだ。

どれも「虐待が世代をまたいで起きた」ように見えても、それぞれの内側では全く異なることが起きている。以下、順に解説する。

①祖母 ②娘 ③孫 ②娘の特徴
A 軽度知的障害/境界知能 被虐待体験(正常知能)あり 被虐二世(正常知能) 恐怖に縛られた子育て(我慢・感情の抑圧)
B 被虐待体験あり(正常知能) 被虐二世(正常知能) 被虐三世(正常知能) 感情の抑圧が世代を超えて伝播
C 軽度知的障害/境界知能 知的特性+被虐待体験(複合) 被虐待体験あり(正常知能) 知的特性が前面に出る
D 軽度知的障害/境界知能 被虐待体験あり(正常知能) 軽度知的障害/境界知能(隔世遺伝) 自責が深く、孤立しやすい

第2章 パターンA:知的障害の祖母から始まる流れ

①祖母(知的障害) ⇒ 自覚なく子を傷つける
②娘(正常知能・被虐) ⇒ 連鎖を恐れ、懸命に子育て
③孫(被虐二世) ⇒ 母の我慢を見て育つ

祖母が軽度知的障害または境界知能を持っている場合、祖母は「虐待をしている」という認識を持たないまま、心理的ネグレクトや感情の損傷を子どもに与えてきた可能性が高い。葛藤がなく、罪悪感もない。それが「普通」だった。

祖母のもとで育った②娘は、被虐待体験を持つ人として成長する。傷は深く、「愛情を求める気持ちを持つこと」そのものへの恐怖が大きい。しかし正常な知能があるため、「あの親のようにはなるまい」という誓いを持つ。連鎖を恐れ、懸命に抑えようとする。

しかし母親となった②娘は、恐怖に縛られた心を持ったまま子育てをするため、子(③孫)に甘えられると固まる、子の感情の爆発に強く反応する、という形で子を傷つけることがある。これは傍から見れば虐待だと思われるし、度を越えれば虐待になりうるし、子(③孫)にとってはまぎれもなく悲しい経験になるだろう。しかしこれは「虐待もどき」であって「虐待」とは区別されるべき、恐怖に駆られた反射にも等しいものだ。

子(③孫)は、母(②娘)が懸命に頑張っていることを感じ取る。「ママはしんどそうだから、私が我慢しよう」という形で、自分の感情を飲み込む。これが幼い子どもの健気な適応だが、同時に感情を抑圧する訓練でもある。

第3章 パターンB:被虐待体験が世代をまたぐ流れ

①祖母(正常知能・被虐) ⇒ 恐怖に縛られた子育て。回復の度合いで子である②娘への影響が変わる
②娘(正常知能・被虐二世) ⇒ 母である①祖母の我慢を模倣。回復の度合いで子である③孫への影響が変わる
③孫(被虐三世) ⇒ 母である②娘の我慢を模倣(程度は弱まる)。 ①祖母の異常性に気づく

祖母が被虐待体験を持ち、かつ正常な知能を持っている場合、パターンAとは異なる流れが生まれる。

祖母は、恐怖に縛られた心を持ちながら子育てをした。子(②娘)への愛情はあったかもしれないが、「甘えられると固まる」「感情の爆発に強く反応する」という形で、知らず知らず子(②娘)を傷つけてきた。祖母自身がその傷にどこまで向き合い、回復しているかによって、子(②娘)に伝わる影響の深さは変わる。

子(②娘)は、幼い頃から母である①祖母の我慢する姿を見て育った。「ママはなぜかわからないけど、いつも我慢している。頑張っている。私もママみたいに頑張らなくちゃ」

──そうやって、母(①祖母)の生き方を無意識のうちに模倣していく。

母親となった②娘が、①祖母とまったく同じ道をたどるとは限らないが、②娘自身がどこまで回復しているかによって、子である③孫に伝わるものも大きく変わる。

③孫が感じ取るものには、大きく二つのパターンがある。

一つは、「ママはなぜかわからないけど、いつも我慢している。頑張っている。私もママみたいに頑張らなくちゃ」という方向だ。②娘の感情抑圧や我慢を「当たり前のこと」として受け取り、自分もそうあるべきだと無意識に学習していく。②娘が懸命であるほど、③孫はその姿を模範にしてしまう。

もう一つは、「ママが我慢しているのは、おばあちゃんのせいだ」と、うっすら①祖母の異常性に気づくパターンだ。特に普段から①祖母と接する機会の多い③孫は、ある程度の年齢になると①祖母の言動の不自然さに気づきやすい。①祖母が②娘に向ける態度を目の当たりにして、「おばあちゃんが何かおかしい」と感じ取る。

③孫は、母(②娘)の我慢を模倣するが、その程度は①祖母から②娘への伝播に比べると弱まる傾向がある。

②娘が自分の傷に気づき、少しずつ感情を取り戻す過程にあれば、③孫に伝わる「我慢の連鎖」はさらに弱まっていく。

パターンA・Bの読者へ:この記事を読みながら「これは自分の家のことだ」と感じた場合、自分がどのパターンに近いかを知ることが、自分の状況を正確に理解する第一歩になります。詳しくは以下の記事をご覧ください。

しかし、世代をまたぐ虐待の構造はこの二つだけではない。知的障害と被虐待体験が一つの家庭の中で複合するパターンC、そして隔世遺伝によって②娘が最も孤独に追い詰められるパターンD──見落とされやすく、しかし支援の方向を根本的に変える二つの構造を、次章以降で解説する。

第4章 パターンC:知的障害が複合するとき

①祖母(知的障害) ⇒ 自覚なく子を傷つける
②娘(知的障害+被虐) ⇒ 二重の困難を抱えて子育て
③孫(正常知能・被虐) ⇒ ①祖母と②娘の二方向から傷を受ける

複合的で、かつ孫が最も重傷を負うのがパターンCだ。

祖母が軽度知的障害または境界知能を持っている場合、②娘もまた同様の知的特性を持って生まれる可能性がある。知能の遺伝率は高く、軽度知的障害は一定の確率で子に遺伝するとされている。

このとき、②娘は「被虐待体験を持つ人」でもあり、かつ「軽度知的障害または境界知能を持つ人」でもある。この二つが重なっている。

多くの場合、前面に出るのは知的特性のほうだ。知的特性が前面に出ると、「虐待をしている」という認識がそもそも薄く、葛藤が起きにくい。

子(③孫)に対する虐待が表面化した際に、支援者に対して娘②は「自分も親から殴られて育った」と言う。支援者にとっては「被虐体験に由来する苦しさ」が見え、それがゆえに「虐待が連鎖」しているように見えてしまう。

②娘から生まれた③孫は、被虐待体験を持つ人として育つ。もし①祖母と③孫が日常的に同じ屋根の下にいる場合、③孫は母である②娘からだけでなく、①祖母からも不適切な関わりを受けることになる。②娘も①祖母も、ともに軽度知的障害や境界知能を抱えている──つまり③孫は、知的に困難を持つ二人の家族から同時に虐待を受ける構造の中に置かれる。傷の発生源が二つあるぶん、③孫の回復はより困難になりやすい。

第5章 パターンD:隔世遺伝と、娘が背負う二重の苦しさ

①祖母(知的障害) ⇒ 自覚なく子を傷つける
②娘(正常知能・被虐) ⇒ 連鎖を断つ努力をしてきた
③孫(知的障害・隔世遺伝) ⇒ ②娘は自責、しかし原因は遺伝

パターンDは、被虐待体験を持つ②娘が最も孤独に苦しみやすいパターンの一つだ。

祖母が軽度知的障害または境界知能を持っていた場合、遺伝は必ずしも直系には現れない。一世代を飛び越えて、孫の世代に同様の知的特性が現れる隔世遺伝が起きることがある。

②娘は正常な知能を持ち、被虐待体験を持って育った。連鎖を恐れ、子育てに誰より真剣に向き合ってきた。それなのに、③孫の発達の遅れが幼児期以降にだんだん目立ってくる。

軽度の知的障害は乳児期にはわかりにくい。授乳や睡眠など、赤ちゃんとしての基本的な行動に大きな差は出ない。しかし言葉の獲得、集団生活への適応、友人関係といった場面で、3歳・4歳・5歳と年齢が上がるにつれ、「他の子と何かが違う」という感覚が積み重なっていく。

このとき、②娘の心に真っ先に来るのは「自分の接し方が悪かったのではないか」という自責だ。被虐待体験を持つ②娘は、自分が子どもを傷つけることへの恐怖をずっと抱えてきた。その恐怖がそのまま「やはり自分のせいだ」という結論に向かう。

しかし実際には、③孫の特性は②娘の子育てが原因ではない。祖母から隔世遺伝した知的特性が、子育てとは独立した原因として存在している。

さらに追い打ちをかけるのが、祖母の存在だ。祖母は自分の知的特性に気づいていないまま、「お前の子育てが悪いから、こうなった」と②娘を責める場合がある。祖母にその言葉の重さを理解する力はない。しかし②娘は受け取ってしまう。

加えて、成長した③孫がだんだん祖母と似た言動を見せるようになるとき、②娘にはそれが何を意味するか分かってしまう。③孫が祖母と重なる瞬間の苦しさは、言葉にならない。

このパターンの②娘は、支援者から見ると「子育てがうまくいっていない母親」に見えることがある。しかしその実態は、隔世遺伝という本人にはどうにもできない構造の中で、孤独に懸命に踏みとどまっている人だ。

第6章 配偶者の選択が加わるとき

ここまで述べてきたパターンに、もう一つの要因が加わることがある。被虐待体験を持つ人は、配偶者として知的障害または境界知能を持つ人を選ぶことがある。

これは意識的な選択ではない。被虐待体験を持つ人は「普通の親子関係」を体験として知らないため、対人関係における「普通」の感覚がずれていることがある。相手の知的特性が自分にとって「違和感のないもの」として映ることがある。あるいは、境界知能の人が持つ「人懐こさ」や「単純な善意」に安心感を覚えることもある。

しかしこの組み合わせが成立すると、両親ともに知的な弱さのある遺伝子を持っていることになる。知的特性は多因子遺伝であり、両親ともに同様の特性を持つ場合、子や孫への遺伝の可能性はさらに高まる。

これもまた、誰かの「悪意」や「無責任さ」の話ではない。被虐待体験が人の対人関係の感覚に与える影響が、結果として次世代の構造を複雑にしていくという、構造の話だ。

第7章 四つのパターンが「同じ連鎖」に見える理由と、区別することの意味

これだけ異なる構造を持ちながら、なぜ四つのパターンが「虐待の連鎖」という一つの言葉でまとめられてしまうのか。

理由の一つは、どのパターンも「子どもが傷つく」という結果が共通しているからだ。子どもの側から見れば、親が知的障害であっても、被虐待体験を持っていても、感情を受け取ってもらえないという体験という意味で積み重なる。

もう一つの理由は、初期の虐待連鎖研究が「加害者への聞き取り」だけに頼っていたからだ。詳細は以下の記事で取り上げている。

四つを区別せずに「連鎖」とまとめることは、二つの害をもたらす。一つは、被虐待体験を持つ親に対して「あなたは連鎖させるかもしれない」という不当な烙印を押すことだ。もう一つは、支援者が見立てを誤り、本当に必要な介入の方向を見誤ることだ。

特にパターンDの②娘は、正確な見立てがなければ「子育てに失敗した母親」として扱われ続ける。③孫の特性が隔世遺伝によるものであるという視点が支援者にあれば、②娘への支援の内容は根本的に変わる。

「連鎖」という一言で片付けることをやめること。一人ひとりの家族の構造を丁寧に見ること。それが、本当に必要な支援への第一歩だ。

この記事の内容をさらに深く理解するために、以下の記事もあわせてご覧ください。「連鎖」という言葉に隠された誤解の構造、そしてその先にある具体的な出口について掘り下げています。

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