虐待のニュースを見るとき、同時にこんなことを思います。ひとりの子どもが亡くなるということは——大人を元気にしてくれる元気の源が、一人。将来この社会に発展や発明をもたらしてくれたかもしれない、ダイヤモンドの原石が、一人。そのそれぞれが、失われている、ということです。
それなのに日本では、事件や事故が起きるたびに、対応は応急措置に偏り、場当たりに終わります。貧困の格差にも、出生率の低下にも、対応はずっと、後手に回り続けてきたように見えます。選挙権を持たない子どもに対しては、いつだって「最低限」——問題が起きたら、「やり過ごすための必要最低限の措置」だけ。
本当は、逆にすべきではないか、と私は思っています。
幸せな子どもを増やすこと——もっと言えば、幸せな子ども時代を過ごした大人を増やすことが、経済的にも、社会的にも、この国そのものを豊かにする筋道だと、本気で考えています。
想像してみます。虐待親から親権を速やかに回収し、血のつながりがあるかどうかを問わず、すべての子どもが「愛のある家庭」から巣立つことができたら。そして「生きるための知恵」を、義務教育のなかで一通り学べたら——
- 性の知識(避妊、予防接種、妊娠リスク、特別養子縁組、里親制度)
- お金の知識(資産運用、お金の常識)
- IT教育(人間の労働力の代替となるロボット・AIを発展させる人材育成)
- 対人教育(合理的な自己主張、ディスカッション、自己と他者の尊重)
質の高い愛と教育が、すべての子どもに保証された社会であれば。
自分の存在価値を感じられずに死を選ぶ子が、減っていく。いじめが、減っていく。不登校児が、減っていく。十分な愛のなかで自信が育ち、得意分野で能力を発揮できる大人になる。安定した仕事と資産形成の知識で、貧困に陥らない。対人スキルがあるぶん、仕事や家庭でのトラブルが減り——虐待に陥らない親になれる。そして、自分が与えられた愛と知恵を、自分の子どもにそのまま渡せる。子どもへの投資の、正の連鎖が始まる。
——理想的すぎて、実現できないでしょうか。私は、そうは思いたくありません。子どもへの投資には、それだけの効果が眠っているはずです。この国が、児童福祉大国になる日を見届けることが今の私の夢であり原動力になっていると思います。
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