詩織さん(仮名・30歳)は、都内のクリニックのカウンセリングルームに座っていた。
以前は介護士として働いていたが、今は休職中だ。「うつ病」という診断書をもらうのは、人生で二度目になる。
今日は6回目のセッション。重い沈黙の後、彼女は堰を切ったように語り始めた。
それは、前回のセッションで突きつけられた「ある事実」によって、彼女の世界が崩壊し――そして再構築されようとしている、その瓦礫の中からの報告だった。
第1章 鈍器で殴られたような「診断」
「前回、先生に言われましたよね。『お母様には、軽度の知的障がいがある可能性が高い』って」
詩織さんの声は震えていた。
「あの時、私、『そうなんですか』って、冷静に返事をしたと思います。でも本当は……鈍器で頭を殴られたような衝撃でした。思考が真っ白になって、言葉の意味を理解するのに必死でした」
――母親に、知的障がいがある。全く、考えてもみないことだった。
母は普通に生活していた。買い物もするし、パートにも行っていた。ただ、会話がどこか噛み合わない。何度説明しても伝わらない。感情的に突然キレる。そんな「違和感」は、物心ついた頃から常にあった。
詩織さんは帰宅後、眠れないまま天井を見つめていた。何時間も、何時間も。頭の中では嵐が吹き荒れていた。
第2章 再生される記憶、暴かれる正体
「天井を見ていると、いろんな光景が浮かんできたんです。忘れていたはずの、幼い頃の記憶が、まるで昨日のことのように急によみがえった」
小学生の頃。学校でいじめられて泣いて帰った日、母は詩織さんの涙を見ても、眉ひとつ動かさなかった。
「ああもう、うるさいわね。テレビが聞こえないでしょ!」
そう言って、ボリュームを上げた母。胸が抉られるような痛み。『お母さんは、私がいじめられるような弱い子だからイライラしているんだ』――涙はすっと引っ込み、静かに宿題を始めた。
この瞬間、幼い詩織さんの心の中で、ひとつの「方程式」が出来上がった。「私が泣く=母が不機嫌になる=私が悪い」。子供にとって親の反応は絶対的な基準であり、「母が間違っている」という発想は存在しない。だから、自分の感情を消すことで、世界の辻褄を合わせるしかなかった。
中学生の頃。テストで満点を取って見せた時、母は褒めるどころか、不思議そうな顔でこう言った。「ふーん。まあ、そんなことはいいから、夕飯は?」
『私がもっと家の手伝いをしないから、テストなんかで浮かれている私を戒めているんだ』――テストはごみ箱に捨て、すぐに台所に立った。
母は私を憎んでいる。私は出来損ないだ。だから愛されない。幼い頃から、詩織さんはずっとそう信じてきた。自分が変われば、もっと頑張れば、いつか母が振り向いてくれると。
けれど、何をしても裏目に出た。良かれと思ってやったことで怒鳴られ、気を使えば無視された。
「でも、理由なんてなかったんですね」
詩織さんの目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
「私が悪いわけじゃなかった。私が異常な人間だったわけじゃなかった。……ただ、母が『親になれるスペックを持たない人』だっただけ」
それは、残酷すぎる救済だった。自分の無実が証明されたと同時に、「努力すれば愛される」という未来への希望が、完全に断たれた瞬間だったからだ。
これは「曖昧な喪失(ambiguous loss)」と呼ばれる心理状態に近い。親は生きている。物理的にはそこにいる。しかし、「親としての機能」は最初から存在しなかった。失ったのではなく、最初から「なかった」のだと気づくこと――それは、通常の死別よりも深い絶望をもたらすことがある。
第3章 ほしかった「普通のお母さん」
「私、ずっと怖かったんです」







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