「してはいけない」——虐待を受けて育った人に刻まれた禁止ルール

虐待を受けて育った人の内側には、無数の「〜してはいけない」「〜しなければならない」という命令が深く刻まれている。あの環境を生き抜くために、気づかないまま身体と心に書き込まれたものだ。

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被虐者にとってのルールとは?

ルールとは何か、と問われれば多くの人は「守るべきもの」と答えるだろう。しかし同時に、「破れるもの」「例外があるもの」としても理解している。忙しい日が続いたら家事を後回しにしていい、体調が悪ければ予定をキャンセルしていい——そういう判断ができる余白が、普通の人のルールには組み込まれている。

被虐者の内側にあるルールは、それとは構造がまるで違う。

幼少期に「怒りを出してはいけない」「親の顔色を読まなければならない」「迷惑をかけてはいけない」と感じ取ったルールは、選択肢の一つではなかった。そのルールに従うことが、その場を安全に切り抜けるための唯一の方法だった。守れなければ何が起きるかわからない、という緊張の中で、それは体に刻み込まれた。

だから、そのルールは「意識して守るもの」として存在していない。普通の人のルールが「外側にある指針」だとすれば、被虐者のルールは「内側にある命令」だ。意識する前に体が動く。あるいは気づいていても、止められない。

ルールへの基本姿勢——例外なし、休憩なし

このルールには、例外条項がない。

足首を骨折して松葉杖をついていた時期のこと。階段の多い職場で、どうしても時間がかかる。そのたびに「迷惑をかけている」「もっと早く動かなければ」と自分を責めた。周りは誰も何も言っていない。なのに、免除が与えられた気がしなかった。ルールは、体が動けない状況でも適用されていた。

普通の人なら「これは例外」と判断できる状況でも、被虐者にとってその感覚は働かない。体の状態がどうであれ、ルールは止まらない。なぜなら、そのルールはもともと「状況に応じて変わるもの」として刻まれていなかったからだ。

40度近い熱が出た夜も、「明日の準備をしなければ」という考えが頭から離れなかった。横になりながら、頭の中でずっと確認作業をしていた。「これはやった、これはやっていない」。誰かに頼む、という発想が、そもそも出てこなかった。

休憩も、ない。終わりがあるわけでもない。ただ守り続ける——それがルールに対する基本姿勢だ。終わりが見えないまま、ずっと頑張り続けることが、いつの間にか普通のことになっている。

どんなルールがあるか

ルールの内容は人によって異なる。ここに挙げるのはその一例にすぎない——実際にはもっと細かく、もっと多くの命令が刻まれている場合が多い。根本の構造はどこも似ている。「こうしなければ安全でいられない」という命令が、子ども時代に体に刻まれたものだ。

① 人に頼ってはいけない

どんなに困っても、弱いところを見せてはいけない。助けを求めてはいけない——そう体に覚えさせた経験がある。幼い頃、頼った先に返ってきたのは、無視か拒絶だった。だから「人に頼ると最後には見放される」が前提になっている。

② 本心を明かしてはいけない

本当の願いを口にしても、無視されるか、望みと真逆の結果しか返ってこなかった。「言わなければよかった」という経験が重なるうちに、自分の気持ちを隠すことが身を守る方法になった。

③ 常に隙を作ってはならない

身の回りをいつも整えておかなければならない。整理整頓、清潔、準備——少しでも乱れがあれば、そこをつけ込まれる。攻撃されないために完璧な状態を維持し続けることが、義務になった。

④ 決して喜んではならない

快さを感じてはならない。楽しんではならない。安心してはならない。油断した瞬間に最も恐ろしいことが起きる——体がそう知っている。だから良いことがあっても喜び切れない。楽しいと感じても、その感覚をすぐに押し込める。

⑤ 家のことを外で話してはいけない

家の中で起きていることを、外の人間に話してはいけない。家の恥を晒すことは裏切りだ——学校で何かを聞かれても、曖昧に答えるしかなかった。「うちはふつう」と言いながら、内心では誰かに知ってほしいとも思っていた。その矛盾を抱えたまま、口を閉じることが身についた。

⑥ 育ててもらっていることに、常に感謝しなければならない

「生んでやった」「育ててやっている」——感謝が足りないと、罰が来る。「ありがとう」を言えているかどうか、常に点検しながら生きる。自分の気持ちより先に、感謝という正しい反応を探してしまう。

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