サンドバッグ -亮太さんの場合-

大阪府のとあるワンルームマンション。

深夜2時、亮太さん(仮名・30歳)は、いつものように眠れぬ夜を過ごしている。

 

平日は工場での激務をこなし、深夜に帰宅する。

休日は高額な心理学講座に通い詰め、それ以外の時間はただ部屋の隅で膝を抱えて過ごす。

 

友人はいない。恋人もいない。

趣味もない。

 

彼にあるのは、頭蓋骨に残るいびつな凹凸の手触りと、突如として襲い来るフラッシュバックという名の「地獄の再生」だけだ。

 

彼は、人生の理由を探している。

 

「なぜ、自分は生まれてきたのか」

「なぜ、自分だけが殴られ続けなければならなかったのか」

 

その答えは、彼が封印しようとしていた、血と暴力に塗れた記憶の中にあった。

 

暴力という名の「日常」

 

亮太さんが育った家は、暴力が支配する密室だった。

 

実父、継母、姉、妹、そして亮太さんの5人。

 

実母は、亮太さんが4歳の時に、彼を置いて逃げ出した。

 

この家の絶対君主は父親。

アルコールと暴力で家族を支配した。

 

亮太さんが3歳になる頃には、すでに理解していた。

「この男は、人間の皮を被ったバケモノだ」と。

夕方、玄関の開く音がする。それが毎日の地獄が始まる合図だった。

 

父が帰宅すると、家の中の空気は瞬時に凍りつく。

機嫌が悪ければ殴る。機嫌が良くても、酒が入れば殴る。

理由などない。

そこに「殴れる対象」がいるから殴るだけだ。

 

物干し竿、分厚い辞書の角、木刀。

手当たり次第の道具が凶器となった。

 

亮太さんの体は常に青あざだらけで、頭部は何度も凶器で打ち据えられ、頭を触ってみると今でもボコボコとした変形が分かるほどだ。

 

殴られた後は、風呂場に閉じ込められるのがのルーティンだった。

真っ暗で湿った浴室。冷たいタイル。

 

そこで気を失い、丸一日以上放置されて目を覚ますことも珍しくなかった。

痛みは、ある一線を越えると消える。

 

「痛い」と思うから辛いのだ。

「自分はモノだ」と思い込めば、痛みは単なる物理現象になる。

 

そうやって亮太さんは、幼い心と体を分離させることで、死なずに済んでいた。

 

思い出したくない記憶

暴力よりも深く、亮太さんの心を殺したのは、4歳の時の記憶だ。

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