善意を受け取れない——その理由を、4つの層で読み解く 

善意を受け取れない。

「頭ではわかっている。相手が良い人で、親切にしようとしてくれているとわかっている。それでも受け取れない」

——そんな体験をする被虐者は多い。そして受け取れないというのは「もう少し素直になれば解決する」という単純な話ではない。意地や性格の問題ではない。

被虐者の子ども時代の経験が、心の奥深くに特定の「回路」を刻み込んでいる。善意を目の当たりにすると、その回路が働き、受け取る前に心が拒絶し、固く閉じてしまう。複数の層が積み重なって、受け取りを阻んでしまう。以下では、その層を一つずつ見ていく。

目次

第1部:拒否の層を描く

①「人を頼ることはみっともない」——支援受け取りの禁止

第1の層は、助けを求めること自体への禁止だ。幼い頃から繰り返されていた言葉がある。

  • 世間の人間は、お前のことなど本気で気にかけたりしない
  • お前はすぐ誰かを頼ろうとする。人様に依存しようとする
  • 人様がお前のために動いてくれると思ったら大間違いだ
  • 本当に頼れるのは身内だけ。だから身内こそ大切にするものだ
  • 誰かの世話になるなんて、みっともないことだ
  • 人を当てにして生きることほど、情けないことはない
  • 弱いところを世間の人間に見せるのは恥ずかしいことだ。

こうした言葉を浴び続けた子供に、他人に助けを求める選択肢はない。「何があっても、自力でなんとかする」が唯一の正解になる。

人に頼ることは恥ずかしいことだ、みっともないことだ——その価値観が、もはや親に言われずとも、物事を判断するときの基準として深く心に根を張ってしまう。善意を受け取る土台を剥され、受け取る能力を育たせることができないままとなる。

そしてその価値観は、自分の内側にとどまらない。外の世界を見る目まで歪ませていく。

どこにいても、困ったことがあれば自分で解決するのが当然という基準ができあがっていると、SOSを出せる人間に、驚愕する。いや、軽蔑の対象になっていく。”恥ずかしげもなく”助けを求める人を軽蔑する自分がいる。「誰か手伝って」と言える子を、なぜそんなに堂々としていられるのかと冷ややかな目で見る。

だって、受け取ること自体が「悪いこと」だと教え込まれてきたから。

②「褒められる=馬鹿にされている」——隙を見せる危険性

第2の層は、「褒められること」に対する警戒だ。善意として差し出されたものが、脅威や攻撃の予兆として届いてしまう場合もある。

学校の授業中で褒められる場面を見てみよう。

授業中、先生に「よくできたね」と声をかけられた。周りの子が振り向く。

そのとき、うれしさよりも先に、じわりと嫌な予感が湧いた。調子に乗った顔を見られたら笑われる。素直に喜んだら、後で何か言われる。だから表情を消した。何でもない、うれしくもない、という顔をした。

実際には何も起きなかった。それでも心は、褒めを受け取ることを本能的に拒否していた。

思い返せば、幼い頃から母にこう言われ続けた——

「世間の人間は、お前のことを陰で笑っているんだよ。表向きほめているのは、お前をいい気にさせるためだ。調子に乗っているところを、陰でせせら笑っているんだ。」

「褒められているように見えても、裏では笑われている」

——そのメッセージが幼い頃から繰り返し刷り込まれると、何が起きるか。

褒められるたびに、心は警戒する。感謝されるたびに、疑う。隙を見せることは、危険なのだ。褒めを受け取ることは「悦に浸るバカ」になることだ——そう刷り込まれた心は、称賛を受け入れる回路を閉じてしまう。

前の2つの層を超えても、善意を受け取れない感覚が残ることがある。そこにはより根の深い理由がある。

③「善意を受け取ることが怖い」——代償への恐怖

一緒にいる相手は悪い人ではなかったとしても、安らげない。得体の知れない不安が湧いてくる。その正体も出どころもわからないまま、気づけば自分の方から関係を壊していっていた。

なぜいい人なはずなのに安らげないのか。

——相手の善意を受け取ることが怖いからだ。

プレゼントをもらう場面を見てみよう。

パートナーが誕生日に花束を買ってきた。「喜んでほしくて」と言いながら手渡してくる。受け取ろうとした瞬間、手が止まる。「なぜ急に?」「何かを求めているのか?」。ありがとうが出てこない。笑顔が作れず、固まってしまう。絞り出すように「気を遣わないで」とだけ言い、花束を払いのけてしまった。

なぜそんな言葉が出てしまったのか。

思い返せば、子どもの頃、母からの「優しさ」には必ず代償がついてきた。受け取ったあとに何を求められるか、と身構える癖が刻まれた。「お前のために」という言葉が、恐怖の合図だった。身体は今も、善意を贈り物としてではなく、負債の始まりとして処理する。

プレゼントをもらうこと、大切にしてもらうこと、親切にしてもらうこと——目の前にいるのは母ではない。それでも身体は区別しない。恐怖の向かう先が、パートナーなのか母なのか、自分でもわからないまま反応が出てしまう。

これが第3の層だ。子ども時代に刻み込まれた「愛情には代償が伴う」という経験が、大人になってからも善意を遮断し続ける。”普通なら”幸せな状況にいながら、なぜかその幸せを自分からぶち壊してしまう。。——善意を疑い続けることが、かつての唯一の安全だったのだから。

④「常に疑ってしまう」——生き残りのための警戒態勢

①②③の刷り込みが積み重なると、心にある状態が生まれる。善意を向けられるたびに、その意味を絶えず読み解こうとする——警戒態勢だ。

職場で上司に「助かったよ」と言われた場面を見てみよう。

聞いた瞬間、何かが緊張した。本気で言っているのか。それとも次に何かを頼む前置きなのか。あるいは、陰では「あの程度で喜んで」と思っているのか。感謝の言葉を正面から受け取れず、その言葉の「裏」を読もうとして、気力を使い果たした。

なぜそうなるのか。小さいころ、親に何をされても、家族の誰も助けてくれなかった。親でさえ、家族でさえ、信用できなかった。だから、ましてや他人など、簡単に信用などできはしない——そう刷り込まれた。

その構えは、大人になっても続く。気を遣われると疲れる。善意を向けられると、その意味を読み取ろうと必死になる。本当に親切なのか、同情なのか。その同情は本物か、それとも馬鹿にする一歩手前なのか。どんな行動をしても、その後に必ず責められているような気分になる。「嫌われたくない」というよりも、すでに嫌われていて「これ以上笑い物にしないで。これ以上私に関わらないで」という思考が勝手に走る。——そもそも、誰も私のことを思い出しも考えもしないだろうけれど、と。

常に警戒している。常に疑っている。

これは意地悪でも、ひねくれた性格でもない。子ども時代、警戒することが生き残るための手段だった。その時代に身につけた構えが、大人になっても解けないでいる。それが、善意を受け取れない、最後の層だ。

第2部:受け入れへの転換

では、その警戒態勢はずっと続くのか。

転換は、子どもを持ってから始まった。

小さな子を連れて外出すると、頼む間もなく手が差し伸べられることがある。駅の階段、電車の中、知らない人が当たり前のように助けに来る。

感謝よりも先に、巨大な罪悪感が押し寄せてきた。受け取るたびに、息が詰まるような感覚だった。

それでも、自分から頼むまでには、もう一段の壁があった。

体調をひどく崩したのに、だれにも頼れずにいた。このまま母子でどうにかなってしまうかもしれない——私一人ならどうなっても構わないけれど、でもこの子は?

これまでずっと、人に頼み事などしたことがなかった。自分でなんとかするのが当たり前で、それ以外は「恥ずかしいこと」だった。その自分に、「誰かに頼らなくては…」という言葉が浮かんだ。惨めで、罪悪感で、うずくまりたかった。どうせ断られる、笑われるかもしれない——そう思いながらも、連絡した。

返ってきたのは、予想とまったく逆の言葉だった。

「こんなになって・・・・なんでもっと早く言ってくれなかったの!」

母から教えられた世界では、そういう言葉は口先だけで、内心では馬鹿にしているものだ。

でも、違った。その人は実際に駆けつけてきた。傍にいてくれた。温かさと気遣いだけがそこにあった。毒の身内よりも、ずっと。

「お礼をどうすればいいか」と言うと、「じゃあ寝てて。早く元気になって」と笑いながら言われた。

恩は倍にして返すものだと叩き込まれる。食べさせてもらったこと、着せてもらったこと、学校に行かせてもらったこと——ことあるごとに「感謝しなさい」と突きつけられてきた。それなのに、この人は「元気になったら一緒にごはんでも食べよう」で十分だと言う。そんなことでいいのか、と思った。

「子育てって、一人でできるものじゃないよ。手の届かないところは、周りに助けてもらえばいい。」という人もいた。

そんな図々しいことはできない、と思った。「みっともない、母親失格」だと、自分の母なら言うだろう。

でもその人は、いいお母さんだった。反対に、毒母はいいお母さんではなかった。

善意を受け取り、感謝し、また誰かへ渡していく。その循環ができる人が、我が子を豊かに育てていることに気がついた。

こうして実生活で善意を受け取る体験が積み重なった先に、さらに深い層での変化が訪れた。

長年、「可哀想に」と言われることを拒否し続けていた。

同情は、自分の弱さを外に晒すことと同じに感じられる。憐れまれることは、「あなたは助けを必要とする惨めな人間だ」と確認させられることだ。だから、善意であっても、その言葉が向けられた瞬間、心が固く閉じる。

でも、あるとき気づいた。子どもの頃の自分は、確かに可哀想だった。そして「可哀想に」という言葉は、心からの慈しみで言われていたのだと、今ならわかる。「拒んでしまってごめんなさい。そしてありがとう。」

善意を受け取るとは、自分の過去を認めることだった。子ども時代の自分が確かに苦しかったこと。その苦しさに対して向けられた心からの慈しみ。それを受け取ることは、自分を許すことへの第一歩だ。

おわりに

善意を疑い続けることが、かつての唯一の安全だった。

代償を要求する「愛情」の中で育ち、褒めと嘲笑が同時に降ってくる世界で、信頼することは危険だった。助けを求めることは恥だと教えられ、善意の意味を読み解き続けることが唯一の安全だった。

だから心は、善意を疑い、拒否し、警戒し続けた。その防衛が、大人になっても働き続ける。それは当然のことだ。それで生き延びたのだ。

そして、今、その防衛を少しずつ解いていく。それは、子ども時代には不可能だった、大人になってからの選択だ。

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