本ブログに足を止めてくださり、有難うございます。この記事は虐待サバイバーの方に向けた内容です。読むことで辛くなる可能性がありますので、ご自身の状態に合わせてお読みください。
虐待を受けて育った人の多くには、ある共通した特徴があります。それは、「感じないように」生きていることです。
喜怒哀楽の表現が著しく乏しかったり、表面上は感情を表現しているように見えても、実際にはそう振る舞っているだけで本心では何も感じていなかったり。不平不満も言わず、どこか淡々としていて、ロボットのように見えることもあります。
なぜ彼らは感情を抑え込んで生きなければならなかったのでしょうか。この記事では、その理由を三つの視点から解説します。
理由① 感情や感覚を親に育ててもらえなかった
人間の赤ちゃんは、親に「感情や感覚にはそれぞれ名前があること」を教えてもらいます。
身体が冷えているとき――「寒いね」。
口寂しくてお腹が鳴る――「お腹空いたね」。
おむつが汚れている――「気持ち悪いね」。
大きな音がして心臓がバクバクした――「びっくりしたね」。
まだ自分では言い表せない感覚に、お母さんが名前を付けてくれる。これが「感情の共感」であり、子どもの感情が育つ土台です。
こうして感情を名づけてもらった子は、やがて「お母さん、今日は寒いね。セーターを出しておいて」と自分の感覚を言葉にできるようになります。
「嬉しい」「悲しい」「悔しい」といった複雑な感情も、基礎的な感覚が育っている上に積み上がっていくのです。
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いきなり登場してきた「没感」という用語に戸惑う。
「感情がないことではなく、
感情を沈めて生き延びるための防衛的適応」
との理解でよいのか?